第18話 孤高の天才



 勝利者として控室に戻ったニコラに視線が集まる。ある者は疑惑、ある者は畏怖、またある者は嫉妬のこもった念を遠慮なくニコラへとぶつけた。あの圧倒的な暴力を垣間見れば何かしら強烈な感情を抱くのは道理である。何よりニコラは以後、自分達の勝利を阻む壁として立ち塞がるのは明白。嫌が応にも意識せざるを得なかった。


「ははっ、お兄さんあんなに強かったんだ。はやく戦いたいなー」


 ジョンが何の遠慮も無く無邪気に話しかけてくる。彼もまたニコラの戦いを見たであろうが、そんなのは関係無いとばかりに、試合前と変わらず―――否、それ以上に好意的に、そして好戦的に接してきた。


「勝ち上がって行けば最後には戦う事になるさ。勿論これからジョン坊やが勝てばの話だが」


「もちろんッ!僕は強いんだから決勝で戦うよ!」


 屈託のない笑みを返すと、控室に怒気が満ちる。二人の会話はつまるところ決勝まで勝ち残ると宣言したに等しい。まだ圧倒的な強さを見せつけたニコラは納得出来るが、まだ13、4歳の子供に言われては立つ瀬がない。それにここまで勝ち上がって来た戦士は、他の者に負けるつもりなど微塵も無い負けず嫌いばかりだ。今この場で生意気を言う小僧の認識を改めさせてやりたかったが、そんなことをすれば失格となる。腹は立つが、それは試合まで取っておけばいいと、鼻を鳴らすなり一旦腹に納めて自分の試合に備えた。



 それから二人はジョンの出番である第八試合まで並んで一回戦の試合を観戦した。選手は種族に関係なく誰もが優れた戦士であり、スタンダードな武器の剣や槍もあれば、2mに届く革製の鞭やジャマダハルあるいはカタールと呼ばれる特殊な握りの短剣を扱う戦士もいる。彼等は今日この日の為に練り上げた業を惜しみなく出し切り観衆を熱狂させた。

 彼等の戦いを眺めるニコラは意外な事に気付いた。彼等はみな、先程戦ったナルシスと同等かそれより一枚落ちる程度の実力だった。中にはタクティカルアーマーを使わずとも勝てる運だけで勝ち上がって来た相手も居る。


「ナルシスは強かったんだな」


「お兄さんあの人知らなかったの?去年準決勝まで残ってたんだから強いに決まってるよ。僕も戦いたかったんだ」


 つまり彼はこの国で推定ベスト4の手練れだったわけである。道理で人気もあるし、ニコラが勝てないと認めただけはある。


「って言うかお兄さんどこの人?姓もあるのにコガなんて全然知らない名前だし、服装も変だよ」


「この大陸の人間じゃないのは確かだな。兵士の仕事してたらなぜか知らない間に森に居た。そういうジョンはなんで戦うんだ?」


「勝つのが楽しいから。僕は強くて戦えば大抵の人には勝てるんだ。だから戦うの。お兄さんはあんなに強くて兵士なのに戦うの楽しくなさそうだよね」


「そうだな、勝つのは好きだが戦いを楽しいと思った事は無いな。俺が兵士になったのは生活の為で、坊やぐらいの歳だとずっとバスケットボールして遊んでたよ」


 それからニコラはジョンに少し自分の身の上話をする。実家が農家だった事、勉強はあまり好きではなく、ずっと友達とバスケットボールをして母親に叱られた事、体を動かすのは好きだったから取り敢えず金を稼いで酒を飲む為に兵隊になった事をざっと話した。意外にもジョンはバスケは背の高さを活かせば、より相手への優位を取れる遊びだと説明すると面白がって詳しくルールを聞いていた。

 そして一回戦第七試合が終わり、最終戦であるジョンの試合になった。彼は軽い足取りで闘技場へと向かう。相手はニコラよりは小さいが、ジョンより頭一つは大きな槍使いだった。常識から考えれば体格差と武器のリーチ差でジョンが負けるのは必定。しかし予選の結果をフィーダから聞いていたのもあるものの、不思議とジョンが勝つような気がした。


 試合は最初から槍使いのペースで進行する。2mを超える槍に対し、ジョンの手にする剣は刃渡り40cm程度、脇差やショートソードに類する護身用かサブウェポンとして扱われる小剣を模した短い木剣である。戦場の主兵装である槍に対して土台からして張り合うような武器ではない。これが家屋のような閉鎖空間であれば剣の方が優位に立てるだろうが、残念ながらここは広い屋外である。事実、ジョンは少しも槍の間合いの内へと入る事が叶わなかった。しかし妙な事に少年は笑っている。焦る事も悔やむ事も無く、ただただ自身の不利を知りながら、まるで槍の強さを余す事無く味わうように実に楽しそうに戦っていた。

 変化が起きたのは若干観客が飽き始めた三分後だった。一向に進まない試合展開にヤジを飛ばし始めた観客に配慮するようにジョンは一度大きく後退して仕切り直す。そして小剣をお手玉のように扱って遊ぶ仕草をする。それが癇に障った槍使いは無礼な小僧へ引導を渡すために今試合最高の鋭さを魅せる突きを放った。

 常識で考えればその一撃を躱す事は困難である。観衆はジョンが木の槍に貫かれるのを確かに見た。

 だが、少年はその常識に囚われない。貫かれたのは少年の影であり、本物は跳躍し槍の柄へと悠然と立っていた。


「ばあー、驚いた?」


 唖然とする相手の顔を面白がりながら、ジョンは顎へと蹴りを放った。スコンと軽い音を立てた蹴りにより槍使いは意識を失い、前のめりに倒れる。顎を蹴り抜かれて脳震盪を起こしたのだろう。審判が駆け寄り、意識が無いのを確認してからジョンの勝利を宣言した。観客は数秒静まり返った後、大歓声をあげて年端もいかない少年の勝利に応えた。

 ニコラの時とは違った圧倒的な勝利に酔い痴れる観衆とは正反対に、出場者は少年の力量に寒気を覚える。それはニコラも例外ではない。


「掛け値無しの天才だな」


 選手の誰かが呟いた言葉がジョンを表す最も正しい評価だった。

 世において凡そ才能ほど理不尽な道理は無い。才能ある者に何故才能に恵まれるなどと聞いたところで明確な答えが返って来る事は無いし、その問いと疑問に意味など無い。生まれた時より備えた他者と隔絶した才覚には、神にあるいは天に愛されている以外の理由など必要無いのだ。

 控室に帰って来たジョンに誰も目を合わせようとしない。誰も彼もがジョンを避け、視界へと入れるのを拒否した。ニコラ以外は。


「驚いたよ、あんなに強かったとは思わなかった。大言を吐くだけの強さはある」


「駄目だよお兄さん。僕の強さはあんなものじゃないんだよ。あれはお客さんを楽しませるためにわざと遊んだんだから、僕の全力だなんて思わないでよ」


 頬を膨らませて抗議する様は全くの子供としか思えなかったが、むしろニコラにはネズミをいたぶる猫のような圧倒的強者の念を感じずにはいられない。

 天才ゆえの欠点、過剰なまでの自信、退屈を紛らわすために刺激を求めて不必要な制約を己へと課す悪癖、自虐的と誹られても反論出来ない行為。それが赦されるほどにジョンは強い。それがニコラには危ういと思う。きっと周囲は少年の伸びきった天狗の鼻を叩き折れなかったのだろう。そして彼がこのまま傍若無人に成長したら取り返しのつかない失敗をして、自らどころか大勢の人間を巻き込んで破滅する。そんな予感がしてならない。

 とはいえニコラには彼の人生をとやかく言う権利も理由も無いので、ほどほどの話し相手を務めて深入りする気は無かった。だが何故かジョンはやけにニコラに懐き、あれこれと話をせがんでくる。それを不思議に思うと、見透かしたのかジョンの方から答えた。


「お兄さんが僕を避けないからだよ。同じ年頃の子も大人も僕の戦いを見ると避けちゃうんだ。表向きは普通にしてるけど、僕を出来るだけ見ないように余所余所しく接するんだ。小さい子とかは凄い凄いって言ってくれるのにさ」


 つまらなさそうに、そして少しだけ寂しそうに口を尖らせてぼやく。ニコラは納得した。あれほどの才覚なら孤立して当然である。同年代の少年なら遥かな高みにある才能に嫉妬して、己の精神を護るために無意識に絶対的な壁を考えないようにする。大人も自分より遥かに小さく経験も積まない少年に手も足も出ないとなれば、どれほど才能があると分かっていても矜持と信念を叩き折られて再起不能に陥る。彼の戦いを見て喜ぶのは自分とは無関係と割り切った無責任な観客か、分別の無い幼児ぐらいだろう。ジョンと戦い敗れた槍使いはもしかしたら、ショックのあまり引退を考えるかもしれない。

 そこにきてニコラは多少危うさを感じつつも隔意無く彼と接している。もしかしたら彼には初めての経験であるが故に、これほど懐いているのかも知れない。


「それは多分俺が強さに大して興味が無いからだろうな。単に給料をもらう為だけに兵士をやってただけだから、世の中で一番強くなりたいとか考えた事が無いんだよ」


「ふーん、あんなに強いのに変なの。じゃあさ、お兄さんの住んでた所には同じぐらい強い人が沢山居る?」


「ああ、俺なんて一山幾らの兵隊だからな。そこらに幾らでもいるし、もっと強い奴もゴロゴロ居るぞ」


 ジョンは目を輝かせてニコラに故郷である地球文明の事を聞きたがったが、残念ながら二回戦第一試合の出場者であるニコラが大会係員に呼ばれたので中断となった。代わりに激励を貰い、闘技場へと送り出された。


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