第10話 人の中の亜人



 目的の街に近づくごとに景色は少しずつ変わっていく。手付かずの野原から段々と整備された石畳の街道へと変わり、街と言う食料の大消費地を養う為に、川の周囲には麦や野菜の畑が無数に作られ、数多くの家畜が柵の中で飼われている。そこには農夫やその家族がせっせと野良仕事と家畜の世話に追われていた。

 農家出身だったニコラは機械を全く使わない原始的な農業にちょっとした驚きを感じただけだったが、元から農業も畜産も知らなかったエルフ二名にとっては生まれて初めて見る作業に目を奪われていた。

 中でもセレンは馬二頭が曳く木と鉄の部品を組み上げて作った車輪付きの道具に興味を惹かれてニコラに質問した。


「あれはプラウとか犂(すき)って呼ばれる農具で、地面が硬いままだと作物が大きく育たないから、あれで土を耕してかき混ぜて柔らかくして次の作物を植える準備をしてるんだよ」


 一応昔の農具の知識の合ったニコラが昔習った知識を引っ張り出して説明すると、セレンもフィーダも物珍しそうに眺めていた。

 そしてニコラは何故デウスマキナのような10mを超える人型兵器が動かせるのに、農業に用いる動力が家畜なのか首を捻って考えていた。あれだけの巨大な兵器を自在に動かすのにも、森の大木を簡単に薙ぎ払うのにも多大なエネルギーが必要になるが、蒸気機関も電気も、あまつさえ核融合炉も碌に見当たらない。よくよく考えると森からここまで来るのに馬などという原始的な動力を用いるのだから当然農業にも家畜を用いるのは道理だが、それはそれで理屈が合わない。

 しかしこれから街に行けば何か分かるのではと、考え直してから改めて馬車を進ませた。

 途中、ニコラの常識を疑うような生き物が目に飛び込んできた。2m近い自分の身長を見下ろすような半裸の巨人が金槌を振るって牛の放牧場の柵を修理している。その頭には左右に一対角が生え、顔つきは完全に隣で草を食んでいる家畜の牛と瓜二つ。かつて幼少期に遊んだファンタジーゲームの中ボスとして立ち塞がった、ミノス島の迷宮に捕らえられた人を喰らう牛頭人身の怪物と姿がそっくりだった。


「フィーダ、あれって山羊人って言うんだっけ?」


「そうだったか?角がある亜人は他にもいるからな、牛人かもしれんぞ。ニコラ、お前は知ってるか?」


「――――あ?ああ、隣にいる家畜は牛だから、多分その牛人とやらで合ってると思うぞ」


 エルフ以外に生まれて初めて人以外の亜人種を見たニコラの衝撃はすさまじく、数秒呆けていたが、何とか再起動を果たして質問に答えるが、確証は持てなかったので馬車を止めて本人?本牛?に尋ねてみる事にした。


「―――ん?何か用か?」


「仕事中申し訳ない。旅の者なんだが、ここの道を東に行けば街に着くのか?」


「おう、そのまま道なりに行けば街が見えるから迷う事は無いぞ」


 最初の感触は悪くない。いきなり亜人なのか聞くのは相手に失礼になる可能性を考慮して軽い挨拶から始めるのは常識である。外見からもっと発音が濁るか聞き取りづらいと予想していたが、そのような事は無かった。もしかしたら精霊が聞き取りやすく変換してくれるから聞こえるだけかもしれないが、ニコラの耳には人とさしてかわらないように聞こえた。


「俺がこの国に来たのは数日前で色々と疎いんだが、街に入るには何か特別必要な物とかある?例えば特別な身分証明とか幾らか金を払うとか?」


「いや、そういうのは特に無いぞ。金も商人が中で商売すれば売り上げの一部を税として街に納めれば済むぐらいで、旅人からは全部店側が料金に含んで徴収してるそうだ」


 これは良い事を聞いた。三名は全員が身分不詳で身分など無いし証も何もない。金もギルスの兵士から奪った軍資金があるが、使って行けばいずれは無くなる。今後、何がどれだけ必要になるか分からない内は出来るだけ使用は控えたかった。取り敢えず揉め事を起こさないように大人しくしておけば、比較的過ごしやすそうな街だった。


「ところで人間以外の種族の扱いはどんなもんだ?俺の連れは人じゃないから色々と扱いが変わるんだ。地元に住んでて違いとか感じたか?」


「あーお前さん西のギルスとかから来た口だな。安心しな、この国は人間じゃなくても税さえ納めていればまともに暮らせる。牛人の俺だって何も人と変わりはしない。おかげで街には色々な亜人が居るから見てて面白いぞ」


 彼の言葉に偽りは含まれていない。ニコラはそう判断して、礼を言って馬車に戻った。

 街へ近づくたびに先程の牛人の彼の言葉に真実味が帯びてくる。野良仕事をする農民に様々な種族が混じり、すれ違う馬車や旅人にも外見の大きく異なる者達が増えていた。

 虎、兎、山羊、牛。どれもおとぎ話の住民として知っていた、人ならざる者達が大手を振って往来を行き交う光景に、セレンとフィーダは森から出て来て良かったと思い、ニコラは本格的なファンタジー世界に来てしまったと、故郷への帰還を疑い始めていた。



 街は5mほどの高さの石壁に覆われた城塞都市と呼ばれる防衛拠点を兼ねた重厚な造りだったが、正門は開かれ人の往来を邪魔するような物は何もない。槍を構えた門番は数名脇に立っているが、さほどやる気が無さそうであり、牧歌的な余裕が見え隠れする戦争とは関わりの無い平和な空気をニコラは感じた。

 門から少し離れた場所に馬車を止め、ニコラだけ兵士に話を聞きに行く。


「旅人か?ポルナレフ家のお膝元、レンヌの街にようこそ。何か聞きたい事があるのか?」


「ああ、街で気を付けないといけない事とか、馬車を泊められる良い宿屋が無いか知っておきたくてね」


 そう言ってニコラは中年の門番に銀貨を一枚見せる。それを見た兵士は途端に喜色を表し、何でも教えてやるとフレンドリーに告げた。言葉通り、兵士は丁寧に街の事を教えてくれた。表通りは治安が良く、昼間なら女性が一人で歩いても安全で、店舗を構えた店なら大抵は商品を吹っ掛けずに適正価格で売買してくれるし、宿も綺麗で馬番を雇っているので安心して馬車を預けられるそうだ。反面、裏通りは兵士の目が光っていないので治安が悪く、余程覚悟して出歩かないと犯罪に巻き込まれる者が後を絶たないらしい。

 それと街の中に武器を持ち込んでよいか尋ねると、公然と見せびらかすような真似さえしなければ護身用の小剣ぐらいなら構わないとの事。


「なら弓や弩を持ち込んで商人に買い取ってもらうのも問題は無いと?」


「箱か何かに入れて運べば咎めたりはしないが使うなよ。と言うか弓はともかく弩はどこで手に入れたんだ?旅人が持つような武器じゃないぞ」


「ここに来る前にギルス共和国の兵士が、俺の連れに喧嘩売ってきたから返り討ちにして戦利品として持ってるんだよ。邪魔だから処分したくてね」


「あーそういう事か。あいつら無茶苦茶するからな。ここにもギルス人は結構来るけど、亜人に喧嘩売る奴なんてごまんと居るから、俺達も困ってんだよ」


 忌々しそうにギルス人を罵倒する兵士を見て、余程嫌われていると分かってある意味安心した。どんな国の時代でも末端の国民感情は中々無視は出来ず、為政者も自国で問題を起こす隣国の民を快くは思うまい。そして兵士の心情はどちらかと言えば亜人に傾いているのが透けて見える。これならセレンとフィーダも往来で姿を見せても多分大丈夫ではないかと期待が持てた。


「所で俺の連れはエルフなんだが、この街にもエルフは住んでる?」


「珍しいなエルフが旅なんて。俺は今まで一、二度しか見た事無いし、街にも居ないぞ。まあ、ちょっと物珍しいから注目を集めるだろうが、俺達兵士の居る所なら攫われたりしないだろうから安心しろ」


 それは逆に言えば兵士の目の無い所では平然と攫われる事があると言っているのと同義ではないか。ここの住民のモラルに過度な期待はしない方が良い。そしてエルフは基本的に自分達のコミュニティから出る事はせずに、一生他種族と関わらずに生きるのが普通だと教えてくれた。理由を鑑みれば仕方のない所だが、筋金入りの引き籠りには違いなかった。

 取り敢えずこの街に滞在しても問題なさそうだと判断したニコラ達は改めて門を潜り、今日の宿を探す事にした。


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