第7話 逃げ場の無い者達



 殺したくはない、だが赦しもしない。エルフ達のアキウスとパトロクスへの感情を大雑把に表すとこうである。結果、二人は村の中央に即席で造った檻の中に放り込まれ、村人達の憎しみの視線に四六時中晒される事となった。

 村人達は現在、二つのグループに分かれて動いている。一つは負傷者たちと、彼等の世話をする者達。もう一つは死体の後始末だった。死体をこのまま放置するのは色々と問題があるので、動ける村人は全員村の外れで墓穴を掘る作業に従事していた。ただし、一切の道具を使わずにだ。


「朋輩たる土の精霊に願う。この愚かにして哀れな死者の永劫となる寝床を提供したまえ。そして二度と迷い出ぬよう安らかな眠りを与えよ」


 ただ願うだけで勝手に地面に穴が開くのはホラー映画か胡散臭い手品の類だと、脇で見ていたニコラは思った。彼も死体の片づけを手伝うつもりでこの場に居たが、穴掘りは精霊がやってしまったので墓穴に死体を入れる事ぐらいしか役に立たなかった。一応、死体の所持品から外の事が分かりそうなものを集めていたが、隊長が持っていた地図ぐらいしか収穫は無かった。


「ニコラ、これは弓でいいのか?どうやって使えばいい?」


「先端の輪っかに足を引っかけて両手で弦を引っ張って突起に引っかけろ。その後に溝に矢を入れればたぶん撃てる」


 代わりに村人達は人間の道具に興味津々だった。特に弓には並々ならぬ興味を抱いており、唯一知識のあるニコラにあれこれ質問していた。ただ、試しにエルフの一人が自分で弦を引こうとしたが、力が足りずに弦が引けなかった。他に何人か挑戦したが、誰一人として力が足りず、結局は諦めた。この様子ではエルフは人に比べて、力がかなり劣るのだろう。

 それに初めて見る金属製品にも興味を持っており、ナイフや斧を試しに使って、石の道具との性能差に驚いていた。以前歴史の授業で戦争に金属製品を使用するか否かで殺傷効率の桁が一つ違ってくると教わったが、実際の性能の違いが実感出来る。

 死体の始末はそれで問題無く済んだわけだが、最大の問題がまだ手付かずで残っている。あの巨人―――デウスマキナをどうするかだ。あんなものを壊すのは不可能、かといって隠すにしても、この場で土に埋めるだけではいずれやって来るギルス共和国の捜索隊が掘り返してしまう可能性は大いにある。どこか巧妙に分からない離れた場所に隠すしかない。それには動かさなければならないが、あの二人を自由にするわけにはいかない。必然的にニコラにお鉢が回って来た。


「人型の機動兵器なんて冗談だと思ってたんだがなあ。まあどうやって動かすのかは何となく分かるからやってみるけど」


 二足歩行、それも完全な人型の兵器などアニメーションかゲームようなフィクションでしかお目に掛かった事の無いニコラにとって実際にこんなものを造るのは無駄の極みとしか思えない。しかし、これがニコラ以外には大きな価値を持つとなれば無視は出来ない。 赤い方のヘリウスという騎体のコクピットに潜り込んだニコラはアキウスがどうやって動かしていたのかを思い出しながら、見よう見真似で起動させようとする。

 まずはシートに座り、両足をつま先から膝まですっぽり収まる足の形をした金属カバーへと差し込む。元の操縦者と体格に差があるので上手くマッチングするか不安だったが、元から余裕がある造りなのか、金属カバーが勝手に遊びの調整をしてくれた。次に胸部を固定するベルトを締めてから、足と同じように腕の形状の金属カバーへと両手を突っ込む。

 すると上からヘルメットが降りて来て頭に覆い被さる。その時に後頭部から首筋にかけて電気的な刺激があったのか、ビクッと身体が跳ねるが痛みは無かった。ヘルメットは鼻まで完全に隠してしまうが、不思議とニコラに見える景色は空と木々の緑、さらに首を少し動かしてみると視界の端には驚くエルフ達が見える。これらの意味する所をニコラはおおよそ理解する。


「首の動きと連動して騎体の首も動いたのか。身体の動きを忠実にトレースするインターフェース。それにヘルメットにはスクリーンが内蔵されていて、外部のカメラに相当する視覚部位から情報がリアルタイムで送られてくる。――――思い出した。これVRゲームのAWに似ているのか」


 懐かしいと一人感慨にふけるニコラ。AWとはアーマード・ウォーの略であり、実際に戦っているかのようなリアリティが売りの全身を用いる大型筐体のロボットアクションゲームである。ニコラはハイスクール時代にゲームセンターで友人達とよく遊び、そのゲームの仕様とよく似ていると懐かしさを感じた。そうと分かれば人型兵器などというキワモノにも馴染みやすさが湧いてくる。


「おーい皆。ちょっとこいつ動かすから離れてくれ」


 ニコラの注意にエルフ達は従ってデウスマキナから距離を取る。彼等が十分に離れたのを確かめてから、ゆっくりと上半身を起こす。しかし予想より上半身の動きが機敏過ぎて中のニコラはつんのめりそうになった。体を固定するベルトが無ければおそらくそうなっていただろう。

 思いの外操縦の追従性が高いのに驚きながらも少しずつ感覚を掴み、何とか立ち上がる事に成功した。


「動けそうなら儂等に付いて来てくれー!村の南にこのデカブツを隠せそうな場所がある」


 ジャミルが手招きしてこちらを誘導するので、ニコラは足が壊れて動けない黒いデウスマキナを担いで付いて行った。途中檻の中からパトロクスが何か喚いていたようだが聞き取るのも面倒だったので適当に流す。

 森に入るには木々が邪魔だったが、切り倒すようなことはせず、ジャミルやセレンが木の精霊に頼んで進路上の木を動かしてもらった。自分から根を足のようにワサワサと動かして統率された動きで両脇へと移動する木を見たニコラは精神に多大なダメージを受けたが、がんばって耐えていた。

 しばらく歩くと地面にぽっかりと空いた大穴がヘリウスの目を通して視界に入る。直径約20m、深さも優に10mはある大穴だ。これならデウスマキナ二体でも上手く隠せるだろう。

 先に黒のアプロンを穴へ隠し、もう一度村に戻ってから足と斧を持ってきて、ヘリウスと共に穴に隠す。


「草木の精霊よ、同朋たる我が願う。災いをもたらす巨人を緑の帳にて覆い隠したまえ」


 セレンの言葉に精霊は応え、瞬く間に大穴を草で覆い隠してしまった。これならばエルフやニコラ以外にはデウスマキナを見つけられまい。


「取り敢えずこれで当座は凌げるが、あんた達エルフはこれからどうするんだ?きっとまた軍隊が襲ってくるぞ」


「さてのう、儂等はこの森で生きて死ぬ事しか知らん。後で村の者と話し合って決めるとしようかのう」


 当事者としての自覚があるのか疑わしいほどにジャミルの口調に焦燥は無い。年月を重ねた老人特有の落ち着きなのか、全てを諦めた諦観ゆえの無気力さなのかは20歳そこそこのニコラには読み取れなかった。



 森の外の野営地を一通り調べてから村に戻り、集会場に顔を出すと、エルフ達は無言で項垂れていた。それを見たニコラは予想通りの展開になったと驚かなかった。

 隅の方に居たセレンの隣に座り、彼女に話し合いの結果を尋ねると、予想通りの返事が返って来た。


「何も決まらなかったわ。怪我人ばかりで戦うも出来ない。村を捨てて逃げるにも、そもそも私達はこの森で生まれて、森の中しか知らないもの。ここで生きていく以外の選択肢なんて初めから無いわ」


 それっきりセレンは黙ってしまう。

 ニコラも彼等もギルス共和国軍がこれで諦めるとは誰も思っていない。戻ってこないアキウス達の代わりにそれ以上の規模の軍団を再度送り込むのは火を見るより明らか。ならばエルフ達が取る選択は大別して二つ。戦うか、逃げるかだ。

 戦うのは論外である。総勢百名の村人の内、戦力になりそうな若い男は二十名程度だが、朝の襲撃で半数以上が怪我をして満足に動けない。仮に動けた所で石器の武器では金属鎧を身に着けた兵隊に碌に対抗できそうもない。何よりエルフは人間に比べてお世辞にも戦いに向いた肉体と精神をしているとは言えない。精霊を使役すれば幾らかマシに戦えるかもしれないが、あの巨人デウスマキナを投入されたら、抵抗した所で負けは見えている。

 では村を捨てて逃げるのはどうだろうか?これもやはり望みは薄いと言わざるを得ない。そもそも彼等は長年外部との交流を断ってひたすら隠れ潜んできた。そんな彼等に森の外に頼れるような相手は居ないだろうし、どこに逃げればいいのかも分からない。それに兵士から奪った地図を見る限り、この森は大陸の南端に突き出た半島にある。南に行っても海しかなく、北西には先のギルスが、北東はボルド帝国の領土である。そこを百名が通過しようと思ったら必ず人の目に晒される。エルフにとってそれは困る。

 つまり戦った所で勝てるはずがなく、逃げる場所も頼れる伝手も何も無いのだ。正直言って八方塞がりである。


「―――ねえ、ニコラ。貴方ならあいつらを追い払えるんじゃないの?何とかならない?」


「どうだろうな。あと一回なら同規模の相手でも何とかなるが、向こうは失態を取り返すために本気になるだろうし、面子があるからどれだけ追い払っても諦めない。最後は物量で押しつぶされて終わりだな」


「そんなどうしてなのよっ!!私達が一体何をしたっていうのよ!私達はただ、この森で生きていたいだけなのに!ソランや父さんが何か悪いことしたっていうの!?どうしてよぉ…どうして……」


 泣き崩れるセレンにニコラはかける言葉が見つからない。女性への言葉なら気休めの言葉は一時の安寧をもたらすが、今は多くの命がかかった難事である。他のエルフも居る以上、根拠の無い不用意な発言はすべきではなかった。


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