第6話 交わらない人とエルフ



「ふざけるなー!!いいからこの縄をほどけ亜人共がっ!!」


 村に戻って来た二人を出迎えたのは聞くに堪えない怒声だった。村の広場には生き残った巨人の操縦者がエルフ達に取り囲まれて監視を受けていたが、その内の一人、黒い巨人に乗っていた少年が喚き散らしていた。実に煩い。

 そして煩い少年がニコラの姿を目にすると、さらに怒気を孕んで怒鳴り散らした。


「き、貴様っ!一体どいうつもりだっ!!なぜ人が亜人と共にいる!?なぜ、我々の邪魔をして、あまつさえ兵士を殺したっ!答えろっ!!」


 まだ声変わりが済んでいない甲高い声が耳に障るが、そんな理由で捕虜を虐待するのは馬鹿馬鹿しい。適当に相手をして情報を手に入れたほうが有意義である。


「関係無いからじゃないのか?見ず知らずの相手より寝食を共にした間柄を優先するのはどこの国の人間も同じだろうが。さて、俺は質問に答えた。次は坊やが質問に答えてくれ。一つ、所属と作戦目的は?」


「ぼっ、坊やだと!!貴様っ、私をギルス共和国貴族、クラウディウス家のパトロクスと知っての暴言か!!」


 知るかそんな名前。だが、幾つか分かった事がある。まずこの少年や兵士達の所属がギルス共和国なる国家である事。そして階級社会である事も分かった。ぎゃあぎゃあと喚いている少年は放って置いて、今度はもう一人の青年の方に矛先を変えて同じ質問をする。


「同じく、クラウディウス家のアキウスだ。そっちのパトロクスとは従兄弟になる。この村を襲ったのはエルフ達を捕らえるためだ。それと、こちらも名乗ったのだ。良ければ君の名を聞かせてもらいたい」


「おっと済まないな、名乗るのが遅れた。俺はニコラ=古河、ただの兵士だ」


 こちらのアキウスはそれなりに素直だった。しかし、なぜエルフを捕らえようとするのか。その根本的な理由はいまだ不明なままである。考えられる理由としては生きたまま捕らえて奴隷として売りさばく事。あれだけ容姿端麗なエルフ達だ。色々と人の欲望を満たす道具として優れているに違いない。あるいはあの便利な精霊とやらを意のままに操る技術を求めている可能性もある。ニコラもまだ数度しかお目に掛かっていないが、非常に便利なのは身を以って知っている。あれを手に入れるために生け捕りにしようとしたのか。すぐさま思い付く理由はこの二つだ。あるいはこの世界にしか無い何かをエルフに求めているのかもしれない。


「貴様、我々を知らないとなると東のボルド帝国かっ!?あの異端の徒なら亜人を遇しても不思議はない!おのれ異端者め!」


 ニコラはパトロクスを扱いやすい奴だと内心ほくそ笑んだ。こちらが何も言わないのにぺらぺらと必要な情報を喋ってくれる。あまり口が堅いようなら拷問も視野に入れていた身としては面倒が減って助かる。

 そして二人の所属するギルス以外にもボルド帝国なる国があると分かった。しかもこの口ぶりでは両国の仲は険悪なのだろう。それに異端者とパトロクスは口にしていた。国教クラスの宗教的対立か、思想に相違がある国家規模の対立があると考えるのが自然である。


「俺は無神教徒なんだがなあ。ところで、あの二体の巨人。なかなか面白い道具だが、他所もあれぐらいの物が沢山あるのか?」


「当家のデウスマキナに匹敵する騎体がそうそうあってたまるか。私のアプロンとアキウスのヘリウスをそこいらの粗悪品と一緒にするんじゃない」


「ちょっと待て。デウスマキナはどの国でも軍事力の象徴、それを兵士の君が知らないだと?それに見た事の無い身なりだが、いったいどこの国の人間だ?」


 パトロクスが憤る傍らでアキウスが信じられない物を見るような目でニコラを見る。彼等の言葉に偽りが無ければ、あの巨人はデウスマキナと呼称される誰もが知る象徴的な兵器ということになる。そしてそのデウスマキナの中にも性能や格に差があるのだろう。とは言え地球製の兵器になすすべもなく破壊されるのだから性能は察するに余りある。


「この辺りの人間じゃないのは確かだ。だから世情には疎いんだよ。もし良かったらそんな物を知らない俺に、彼等を捕まえた後はどうするのか教えてくれないか」


「やれやれそういう事か。なら君は我々を誤解している。

 いいかな、君が護った亜人はただの下等動物でしかない。我々人間に使役される為だけに生まれた家畜以下の存在だ。亜人など、デウスマキナの部品でしかないんだよ。そんな生き物を護るために同じ人同士で争うなど愚かだ。目を覚ますといい」


 まるで幼い子供に簡単な足し算を教えるかのような穏やかな口調のアキウスにニコラは諦観するしかなかった。この男はエルフを自分達と肩を並べる存在だと見ていない。それどころか人間の役に立てるだけ害虫や害獣よりは幾らかマシな生き物程度にしか思っていないのだ。そしてそれをパトロクスも咎める事は無く、完全に同意している。おそらくギルス共和国の人間の多くは彼等のように人間以外を下等と見なして、何をしても罪悪とは認識しないのだろう。

 他者を差別する行為は特別珍しくない。地球にも白人が有色人種を差別し続けてきた歴史があるし、西暦25世紀現在でも個人単位でなら常に差別感情はあるだろう。だが、この二人はそれ以上の差別意識を当然のように受け入れている。これは個人の考えではない。もっと何世代にもわたって積み上げられた常識として刻み込まれている。これでは交渉の余地すら見つけられないと、ニコラが匙を投げるのも無理は無かった。


「君がどこの生まれかは知らないが、文化形態が異なる以上誤解はやむを得ない部分もある。兵士の命を奪ったのは腹立たしいが、私は君の力を高く評価している。もし良かったら私の家に仕えてみないか?」


 この男は何を言っている、この状況が分かっていないのか?混乱するニコラやエルフ達をよそにアキウスはクラウディウス家を、祖国の事を聞きもしないのにベラベラと語り始めた。

 アキレスとパトロクスの話を要約すると、ギルス共和国は誇り高き自由を掲げ、全ての民に政治に参加する権利が保障されている。ひいては全ての国民の幸福を保証した、このエーシア大陸でもっとも尊い国家なのだと言う。その中でもクラウディウス家は建国当時から国家運営を行う元老院に参加して、さらに何人もの元老院議長を輩出した名門に数えられる由緒正しい家柄らしい。しかも邪悪な東の隣国ボルド帝国から命懸けで国境を護る『護国の盾』と名高いと当人の弁である。

 そしてなぜエルフが兵器の部品扱いを受けるのか。それもパトロクスが語ってくれた。


「デウスマキナの中枢制御には亜人の脳が必要になる。だから定期的に亜人から調達しなければならない。その亜人の中でも特にエルフの脳は最高品質だ」


「つまり、より強い兵器を造るために彼等を捕らえるのが目的だと?」


「そうだ。デウスマキナの一部となってこの世で最も神に愛された私達人間に奉仕する事だけが亜人の存在理由だ。それなのに何故貴様は下等動物を対等に扱う?」


 ニコラはいよいよもってこいつらとは価値観を共有出来ないと確信した。そして彼等ギルス共和国は絶対にエルフ達を諦めず、遠くない未来、再度村に攻め入るだろうとも予測する。二人の言葉通りギルスが大陸一の強国であれば、それ相応の軍事力は常に維持しなければならない。となれば消耗品である兵器を一定数維持するために常に新造する必要がある。そこで必要になって来るのが部品―――つまり彼等エルフである。同じ亜人という代用品が無いわけでは無いだろうが、より高性能な兵器を求めるのは人の性、一度失敗した所でより強大な第二陣を派遣して確実に確保しようとするのが目に見えている。そうなれば村人は全員解体されて単なる兵器の部品としてあの巨人に組み込まれる。ソランも、そしてセレンもだ。

 そんな事は認められない。否定しなければならない。


「これで少しは我々と亜人の事が分かってくれただろう。君は優れた人間だ、ならば今からでも遅くないから我々といるべきだ」


「――――長、あんた達はこうなると分かっていたから人間に見つからないように隠れ住んでいたんだな」


「その通り。人が儂等エルフを戦いの道具にするために狩っていたと先祖から教えられてきた。森の外にはこやつらのような人間ばかりじゃとな」


 ジャミルは悲し気にニコラを含めた人間三人を見ていた。エルフにとって人間とは決して許してはならず、混じりあう事も出来ない存在。それは数日共に過ごし、村の窮地を救ったニコラでも大きな違いは無い。

 ここで、こいつらとは違うとニコラは否定したかった。だが、それは出来ない。なぜならニコラもまた生命の尊厳を踏みにじった技術を用いて戦っている。

 有機質兵器の開発は西暦21世紀末から始まり、現在でも盛んに行われいる。ヒトDNAの軍事利用、遺伝子操作された強化兵士、クローン胚を胎児レベルにまで成長させた後に解体してバイオチップの材料に用いた。無数の生命を侮辱し尊厳を踏みにじるその所業は、正しく人類の狂気の具現と言えた。

 そして現在の宇宙軍にまことしめやかに流れている不穏な噂。次期主力宇宙戦闘機には優れた宇宙戦闘機パイロットの脳髄だけを摘出して搭載するという、あまりにも非道な処置を施されるというもの。勿論軍上層部は公式に否定しているが、火の無い所に煙は立たない。陸軍下士官でしかない自分にも聞こえてくるような噂だ。幾らか真実を含んでいると思って間違いない。

 つまり、エルフをデウスマキナの部品と見なす、この二人と何も変わらない。ニコラもまた正しく底の無い悪意と唾棄すべきおぞましい狂気を孕んだ人間の一人でしかなかった。


「――――それで、こいつらはどうする気だ?ずっとこのままにするわけにはいかないぞ。生かすか殺すか決めた方が良い」


「―――――殺せぬよ。どれだけ憎くとも儂等に人は殺せぬ。人間と同じにはなりとうない」


 この言葉こそエルフと人間を隔てる明確な壁にニコラは思えてならなかった。


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