第5話 同族殺しの代償



 赤い巨人の操縦者の身柄を拘束し、もう一人の意識の無い操縦者を肩に担いだニコラにフィーダが食って掛かる。


「そいつらをどうする気だ!?」


「とりあえず情報が欲しい。生かすか殺すかはその後で決めてくれ」


 憎悪を滾らせる彼を軽く宥めてから、捕虜の二人をフィーダを含めた数人に任せた。今は尋問よりずっと大事な事がある。

 タクティカルアーマーのパワーアシストを解除し、通常状態に戻す。あの状態は機械の補助があると言っても、無理やり体中の筋肉を膨張させる為に、非常に疲れるので使用者は過度の使用を好まなかった。

 気怠さを押してニコラは弟の身体に覆い被さって泣き崩れるセレンの傍にしゃがむ。それに気付いたセレンは思わずニコラに抱き着き嗚咽を漏らした。


「なんでよ…なんでこんなことに…」


 昨日までは平和な一日だったのに、突然の蛮行によって今まさに幼い弟を失おうとしている姉の絶望はニコラには想像もつかないほどに深く暗い。ニコラは幼いソランの首に手を当て脈を診る。肺を貫かれて息も絶え絶え、出血も酷く、あと十分もすれば命の灯は消えてしまう。だが、まだ死んではいない。心臓も無事。ならばまだ手はある。

 ニコラはアーマーの太ももにあるポーチから筒状の何かを取り出し、同じく取り出したサバイバルナイフで矢じりの部分を切断する。


「セレン、今からソランに薬を撃ち込むからお母さんと一緒に矢を引き抜いてくれ。大丈夫、死んでいなければまだ助かる」


 その言葉にセレンは、ただ泣くだけの自分よりはこの誠実な男の言葉に一抹の望みを賭けてようと、言われるままに母のレイラと共に力の限り矢を引き抜いた。

 矢が引き抜かれると、それまでふさがっていた穴から大量の血が吹き出す。そしてニコラはその穴に先程取り出した筒状の何かを押し当てて先端部の突起を指で押し込んだ。するとソランの小さな体が痙攣を起こして胸に空いた穴から泡がボコボコと噴き出し、血煙を上げて見る見るうちに穴を塞いでしまった。

 その光景を茫然と見つめる周囲の村人をよそに、ニコラは再度ソランの脈を測る。多少不規則だったがまだしっかりと心臓は動いているし、呼吸も段々と整い始めている。これなら何とか持ちこたえられるだろう。


「――――みんな、聞いてくれっ!!死んでいなければ俺が持っている薬を使えばあんた達は治る。だが、薬には限りがあるからまずは胴体を射抜かれた人を優先して俺が診る。今ならまだ間に合うから安心してくれ!」


 つい先程信じられない光景を目の当たりにした村人達はニコラの言われるままに彼を信じた。

 そこからは時間との戦いだった。次に治療に当たったのはソランより少し年上の幼女。彼女は腹に矢を受けており、『痛い痛い』と泣き叫んでいる。そんな娘を両親は必死で励まし、ニコラの治療を祈るように見守る。彼女もまたソランと同様に矢じりを切ってから矢を引き抜いて傷口に筒、正確には針を用いない圧力式注射器を押し当てて治療用ナノマシンを投与した。

胴体を撃たれた大人の村人一人をすぐさま治療、次からは足を撃たれたエルフの中で大腿部の血管が傷ついた者や骨を砕かれた数名を優先的に治療した。

 衛生兵でもないただの歩兵に過ぎないニコラでも多目的ヘルメットから送られてくるバイタル情報を読み取れば、怪我の程度はある程度なら把握出来るので適切な優先順位を付けるのは可能だった。

 そして都合十人に治療薬を使った時点で薬は切れたが、どうにか命にかかわる重傷者は捌き切れた。後の怪我人は森で採った薬草を使って止血を行い、完治するまで安静にしていればいい。死者は一人も出なかった。それが不幸中の幸いだ。

 怪我をした村人全てに治療を施したニコラは慣れない作業で疲労していたが、まだ休息を入れるのは早いと気怠い体を動かして、森の外へと歩き出す。

 捕虜二人を見張っていたフィーダがニコラを呼び止める。


「ちょっと待て、お前どこに行く」


「森の外にこいつらの仲間がまだいるはずだ。そいつらも片付けないとまた攻められる」


 そもそも今回の襲撃はエルフを殺す事ではなく、生け捕りが目的だった。どういう理由で彼等を生きたまま捕らえるのかはまだ分からないが、生きたまま捕らえた場合、実動員の他に運搬する兵士と乗り物が必ず必要になる。そしてあの巨人を運用するのなら、相応の人員ももしかしたら必要になってくる可能性も無いとは言えない。ニコラの予想では外で待っている兵士はおそらく五十名は下らない。そいつらを逃して再度襲撃を掛けられるのは御免だった。


「だから先手を打って排除してくる。捕虜の見張りは任せた」


「おい、人間!いや、ニコラだったな。ちゃんと戻ってくるんだぞ」


 こちらを心配して気遣い、さらに名をきちんと呼んだ事に少々驚く顔をすると、フィーダは顔を赤くして明後日の方向へそむける。誰がどう見ても恥ずかしがっているのだが、美形とはいえ大の男にそんな真似をされるのは気持ちが悪いとニコラは腹の中で呆れた。だが、そのおかげでストレスが幾らか軽減されて助かったのは事実だった。



      □□□□□□□□□



 薙ぎ倒された木々を目印に森を進むと視界が開ける。村人達から聞いていた通り、森を抜ければ崖になっており、その下には数十名の武装した兵士が野営の準備をしている。野営地の外には輜重用の荷車や鉄製の檻も複数確認出来る。それと遠方にまで続く巨大な足跡。十中八九あの二体の巨人の歩いた証拠に違いない。

 ひとしきり観察し終えたニコラは全く話にならないと結論付けた。兵士達は碌に警戒もせずに緩み切っており、キャンプやハイキングか何かと勘違いしている。余程エルフを過小評価しているのか、あるいはあの巨人を絶対視しているか。まあ、どちらでもやる事は何も変わらない。

 ニコラは伏せて狙撃の体勢を整え、一番遠くの兵士から順々に射殺していく。同僚が次々死んでいくのに気付いたのは、都合十人を殺害してからだった。銃を知らない兵士からすれば、矢が刺さっているわけでも刃物傷も無いのに多量の血を流して次々と死んでいく同僚に、恐怖して失禁する者や逃げ出そうとする者、応戦しようと警戒するも、どこからどうやって殺しているのか全く分からず、結果右往左往する間に、ニコラに射殺され続けてしまった。

 結局二分程度で生体レーダーに反応のある人間は全て排除し終えた。使った弾薬はマガジン二本分。先ほどの村での戦闘を含めてライフルの弾丸は半分以上使ってしまった。残りはマガジン一本とグレネード弾二個。それと護身用の拳銃が十五発しかない。最悪タクティカルアーマーを使った肉弾戦も可能だが、それも整備せずに使い続ければ、いずれは壊れて役に立たなくなるだろう。頭の痛い問題だった。


 村へ戻る途中、ニコラは吐いた。

 ただひたすら胃の中をぶちまけ続けても、まだ吐き気は収まらなかった。理由は分かっている。自分が殺した相手の最後の顔が脳裏に焼き付いてずっと離れない。

 分かっていたつもりだった。覚悟していたつもりだった。兵士になる事を決意した時、十分納得していたのに。いざ人を殺せばこのざまだ。

 後悔、嫌悪、罪悪感、そして憤怒。抑えきれない感情が吐瀉物と言う形でニコラから吐き出された。

 出す者を全て出し切って少しだけ落ち着くと、今度はポーチから先程治療に使った注射器と同型の筒を取り出して首筋に撃ち込む。途端にさっきまでの嫌悪感はすっかり洗い流され落ち着きを取り戻す。中身はダウナー、戦闘用感情抑制剤である。どうしようもなく感情が昂ぶった時や恐慌状態に陥った相手を落ち着かせるために支給されていたが、まさか自分が使用するとは思わなかった。

 そして薬に頼って落ち着きを取り戻したのは良いが、今度は理性的になり過ぎて口が気持ち悪くて仕方が無い。水か何か果実を含んで口直しをしたかったので、辺りを探してみるがそもそも食べられる果実か判断する知識が自分には無い。


「ほれ、これで口を濯ぎなされ」


「―――村長か。何でここにいる?」


 宙に浮いた水球を差し出したのは村長のジャミルだった。どうにも心配になって様子を見に来たらしい。この水球は水の精霊に頼んで作ってもらったそうだ。何でもありな精霊に少し恐怖を感じつつも、礼を言って水を口に含んでゆすいだ。清浄な水が口の中をさっぱりしてくれる。


「すまんのう。儂等の為に同族殺しをさせてしまって」


「―――俺が自分の意思でやった事だ。あんたに謝られる道理は無いよ」


 そうだ、これは紛れもなく自分の意思。噴き出した激情に身を任せて行った殺戮。ジャミルの言う通り多くのエルフを救うために人を殺したが、それは結果に過ぎない。彼等を護るためなどというお題目を盾に仕方なく殺したなどと卑怯な言葉で自己弁護など自身のプライドが許さない。誰が何と言おうと、殺したのは自分だ。そこを譲る気は絶対に無い。


「それでもじゃよ。儂等はあんたに助けられた。それは覆る事の無い事実。じゃがそれを、同族殺しに感謝など出来ん。だからあんたに血を流させた儂等の不手際を謝罪したまでよ」


「――いいさ。戦えない者を護るのは兵士の仕事だ。俺は俺の使命感と矜持に従って動いただけ。何も恥じたりはしないし、あんたらを怨むつもりもない」


 戦えない者の代わりに戦うのが兵士の仕事。給料が出ないのは痛いが、たまには慈善事業も悪くない。それに一宿一飯の恩義もあるし、多少なりとも情の移った相手が痛めつけられて檻に押し込められるのを見るのは御免だった。


「戦う理由、殺す理由なんて大した事無いもんさ」


 小さく呟いた自嘲はジャミルの耳に届かず、独り言に終わった。


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