第4話 殺戮の森



 巨人の出現。あまりに突拍子の無い光景に全てのエルフが思考を停止しているが、無情にも状況は刻一刻と悪化の一途をたどる。

 この状況下、最も目に付くのは巨人だが、それ以上にエルフにとって脅威の存在は、実はその巨人の足元で蠢く武装した兵士だ。全員が弩を構え、こちらに狙いを付けている。


「目標は男だ。貴重なエルフだから間違っても殺すな。うてーーー!!」


 隊長らしき派手な羽兜の号令が下り、兵士達は一斉に矢を放つ。矢は棒立ちのエルフの男衆に襲い掛かり、多くは足を貫かれて苦痛にうめきながら倒れ伏す。ニコラはとっさに隣にいたフィーダを引っ張って矢を躱したものの、ここからどうすべきか考えが纏まらない。

 そこでようやく村人達は行動を起こそうとするものの、何をしていいのか分からず指示をする者も居ない。よしんば指示した所で、この混乱ではまともに動けるとは思えなかった。そして何よりも目の前で家族が苦しむさまを見せつけられても放って逃げるような合理的判断の出来る者は誰一人として居なかった。

 二日間寝食を共にしたソランとセレンの父シャイドも太ももを矢で射ぬかれて倒れている。その傍では三人が必死で矢を抜こうとしているが、女子供の力では深々と刺さった矢が抜けるはずが無かった。


「おのれ蛮族がっ!」


 激昂したフィーダが立ち上がって弓を引く。放たれた矢は一番目立っていた指揮官の頭に直撃したが、残念なことに石の矢じりでは丸みを帯びた兜を貫けず、兵士たちの嘲笑が帰って来ただけだった。


「ははっ、お前達のへなちょこ矢なんぞ効くかよ。ほらよ、お返しだ」


 兵士の一人が笑いながら弩をフィーダへと撃つ。ニコラは僅かばかり不安だったが、自分の纏うタクティカルアーマーの防御性能を信じてとっさに二人の間に入って代わりに矢を受けた。


「なっ!?何故俺を助ける!お前―――」


「安心しろ。矢程度で俺は傷一つつかない」


 フィーダは嫌っていた相手に身を挺して二度も救われたのが信じられなかった。そしてその相手が矢を受けても無傷だったのにも目を疑った。

 ニコラの纏うタクティカルアーマーTA-30は西暦2435年現在において地球文明圏が有する兵器技術を突き詰めて生まれた傑作と名高い。数百年の技術蓄積のあるパワードスーツの最新モデルであり、異星生命体『ライブ』への耐性も考慮して、対弾性能だけでなく対毒、対細菌、対光学など、より防御に重点を置いた改良が施されている。残念ながら最近開発された修復型ナノマシンは使用されていないが、それでも原始的な矢ではかすり傷一つ付けられない程の防御力と耐久性が備わっている。

 そんな事は装着者のニコラしか知らない事であり、それよりも兵士達には同じ人間が一人混じっている事の方が衝撃だった。この場違いな男がなぜエルフを庇うのかは知らない。知らないが、兵士達にとって優先すべきはエルフの無力化と捕縛であり、上官も同じ人間を警戒こそすれ無理に相手をする気は無く、当初の作戦通りエルフを全て捕らえた後に事情を聴けばそれで済むと思っていた。もちろん抵抗すれば相応の対応は必要だが、同じ人間として出来れば争いたくないと内心思っていた。


「まあ、いい。次は子供だ、今度はもっと慎重に狙えよ」


 次弾を装填した十名の兵士が指揮官の命令に従い、それぞれに狙いを付ける。ニコラもフィーダもそれを見ている事しか出来なかった。

 放たれた矢は無情にも父親や祖父に駆け寄り泣き崩れる子供達へと次々に突き刺さる。その中にはソランも入っていた。さらに狙った兵士の腕が悪く、矢は手足ではなく胸へと突き刺さる。崩れ落ちた息子を抱き、必死で名を呼ぶシャイドの絶叫が村に響き渡った。

 それがニコラの中のナニかを引き千切った。訓練を受けた兵士と言えど、一度も対人戦闘を経験していないニコラには目の前の惨状を見て激情を抑える事が出来なかった。自分を兄と慕ってくれた幼いソラン、決して交われないと拒絶しながらも温かく家へと迎えてくれたシャイド、そしてまだ名前も聞いていない多くの村人。彼等が血を流して臥す姿に、ニコラは生まれて初めて人へ底知れない憎悪を抱いた。

 そして憎悪に駆られようとも訓練された兵士の身体は最適な行動に移行してくれる。肩に掛けたアサルトライフルを無言で構え、銃口を敵指揮官へと定める。多目的ヘルメットに内蔵されたディスプレイに現在の風速、自身の姿勢、対象との相対距離、ライフルに合わせた周囲環境簡易表示など、全ての情報が表示される。さらにタクティカルアーマーを介して射撃姿勢の補正が加わり、手ぶれとリコイルの反動は相殺される。

 あとは引き金を引くだけ。何も難しい事は無い。相手はほとんど静止した的だ。訓練で撃った的と同じ人間の形をしただけの的。相手も何の抵抗も無い村人を撃った。それと同じことをするだけだ。

 一発目は狙い通り指揮官の眼窩に侵入し、そのまま後頭部を破壊して森の奥へと消えて行った。二発目はその傍で弩を今まさに撃つつもりの金髪の男の口から頸椎にかけて完全に破壊した。

 さらに三人目、四人目と、文字通り一撃必殺の弾頭が次々と兵士の命を狩り取る様を間近で見た同僚達は恐怖し、職務を放棄して逃げようとするも、背を向けた瞬間にニコラの放った死の具現たる弾丸に心臓を破壊されて絶命した。

 1マガジン使い切って三十名の兵士を二十秒掛からず殲滅したニコラは訓練通り淀みの無い動作で弾倉を交換、素早く体勢を整え、今度は銃口をあの暴力の具現たる死神へと向ける。試しに一発胸部へと発砲するが、軽い金属音を立ててむなしく弾かれる。

 そこでようやく足元の兵士達が全滅した事を知った巨人達は、ようやくニコラを敵と定めて動き出そうとしたが鈍いとしか言いようがない。


「――――パワーアシスト・マキシマムドライブ」


 ただ一言呟くと、ニコラの姿は劇的に変化する。元から筋肉質だった身体が、さらに倍近く膨れ上がった。まるで服を着たヒグマと錯覚するほどにマッシブな外見。頭から足の指先まで全てが凶器となる、凄まじい暴力性を孕むフォルム。

 これこそタクティカルアーマーが何百年にもわたって改良を続けて歩兵の重要装備として使用されていた理由である。タクティカルアーマーとは防御だけの為に使われているのではない。生身の人間の柔軟性を維持しつつ、使用者の身体能力を何倍にも増幅しながらも、到底生身には不可能な戦闘を可能にする事こそアーマーの真骨頂である。


「なぜ人型兵器が実用品として採用されなかったのか、それを今から教えてやるよ」


 その瞬間、大地が爆ぜた。そして一秒後には黒い巨人の足元へとたどり着き、ちょうど股関節を見上げる形になる。ニコラは巨人を詳細に観察する。そして『やはり』とだけ呟く。しかし予想が正しかったことには何の感慨も無く、そのままアサルトライフルを真上へと構え、引き金を引く。

 放たれたのは銃弾ではない。もっと暴力的な塊、より殺戮に特化した、殺意の弾頭がアンダーバレルに装着されたグレネードランチャーから発射された。内部にはナノチップが埋め込まれており多目的ヘルメットの網膜ディスプレイと連動して対象への弾道を補正するインテリジェント砲弾だったが、これだけ近ければ誘導の必要は無かった。

 ――――爆発。高性能火薬が巨人の装甲に覆われていない股関節の根元から右足を丸ごと吹き飛ばし、バランスを欠いた巨人は仰向けに倒れた。

 それから倒れた巨人の胸部の装甲が開き、中から人がほうほうの体で這い出て来た。まだ若い、おそらく十台の後半程度の少年だ。足を引きずっている事から、巨人の損傷と同様に右足を引きずっている事から身体と操作系に何か共通点があるのかもしれない。尋問のための捕虜も何人かは必要だと判断したニコラは逃げようとする少年の頭を銃床で殴りつけて昏倒させた。

 どういう理由で僚機が破壊されたのか皆目見当のつかない赤い巨人は生身の人と同様に動揺して後ずさりしている。

 随分と人間臭い挙動をする―――――冷え切った頭でニコラは巨人の性質を見極め、一つの思い付きを実行した。

 ――――跳躍。肥大化した脚は生身とは隔絶した力を生み出し、10mを超える巨人の胸部に楽々飛び乗れるほどの脚力をニコラに与えた。

 飛び乗ったニコラと赤い巨人の目が合う。戦闘機械と化したニコラと最初から戦う機械である巨人の視線がぶつかり合うと、不思議と巨人の方がたじろいた。まるで本物の人間のような動きにニコラは薄ら笑いを浮かべて応えた。そしてその場にしゃがみ込んで装甲の隙間に両手の指先を突き入れた。


「ぬおおおおおおおおおっ!!!」


 咆哮と共に甲高い金属の破砕音が森に響き渡った。生身の二十倍近い膂力を以って強引に稼働部位を破壊して装甲版を引き剥がし、中に居る二十代後半の品の良さそうな男に挨拶する。


「初めまして。早速だが提案だ。頭を握り潰されて死ぬか、降伏するかどちらか選べ」


 操縦桿や車のハンドルのような操作機構を使っておらず、操縦者の全身を包み込むような形のコクピット。恐らく手足の動きを忠実にトレースするダイレクトモーションタイプのマンマシン・インターフェースを使用しているのだろう。

 だがそれは裏を返せば操縦する空間を可能な限り無くして密着する状況を作り出している。それではまともに身動きがとれない。つまりどういうことかと言えば、出入り口を塞がれたら無抵抗のまま死ぬか、無様に降伏するしか道は残されていないのだ。

 操縦者の男は恐怖で脅えて、抵抗する素振りは見せない。頭上には生身で装甲板を強引に引き剥がすような化物が陣取っているのだから当然である。


「―――分かった。降伏する」


「よし、ならこの巨人をゆっくり仰向けにしてから外に出てもらおう」


 男はニコラの命令に従い、巨人をゆっくりと仰向けにしてから這い出た。


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