第10話 ~信じようとする思い~

「はぁ、はぁ…………!!」


 明らかに人の出入りが感じられる地面が露出した道が続く森の中。


『足元に注意するんだぞ?』


「はぁ、はぁ……うん、分かってるっ!!」


 がーくんを振り落とさない様に右手で胸に抱き抱えて。


 わたしは一生懸命走り続けます。


『あとちょっとで集落――いや、村か? とにかく複数の反応がある場所に着くぞ』


 お父さんイグニスが言う通りあともう少し。


 森の匂いに混じって町にいたときも嗅いだことがある独特な臭いが混じっていることに気付いてきたから。


 わたしはより一層走るスピードを上げて駆け抜けます。


「うんっ、頑張るよっ!!」


 半月以上ぶりの人との出会い。


 それが吉と出るのか凶と出るのか分からないけれど。


『言いたくないことだが、最悪な状況も考えていた方が身のためだぞ』


「…………。うん。分かっているよ」


 最悪な状況。


 そんなことにはなりたくないけど。


 ううん。今は前だけ向いて走るよ。


 何があってもお父さんイグニスも。それにがーくんもいるしね。



 そうして10分ほど人の気配を感じる道を走り続けたわたしは。


 ふいに拓けた場所へと抜け出していて。


「ぁ――――」


 そこには――。


 人がいる。


 遠くからでも見える柵で囲まれた中に複数の人の気配があって。


 その誰もが頭に獣特有の耳を生やしていて。ズボンやスカートから見える揺れる尻尾を付けていて。



 ――獣人たちの村。



 広大な森の中にひっそりと隠れるようにその村はあったのでした。


 幾つも並んだ木で出来た家。


 村の隅には畑を耕している獣人さんの姿があって。


 村の中央にはボールみたいなもので遊んでいるわたしと同じぐらいの年頃の子供たち。


 奥にはよく見えないけれど洞窟みたいなものも見える。


 そんなのどかな光景がそこには広がっていて。


「ッ――――っぅぅぅぅ!!!」


 その光景を見た瞬間。


 わたしは村に向かって走り出していました。


 無意識ながら心の中で渇望していたのかもしれない。


 お父さんイグニスと出会ったことで話すことの楽しさを知って。


 独りはとても寂しいことなのだと。


 もっと誰かと話したい。


 誰かと触れ合いたい。


 そんなことを思いながらわたしは村に向かって走りました。


 もう少しで村に辿り着く。


 そんな目前の場所で……。



「待て!!」


「そこを動くな!!」



「ふぇっ?」


 唐突に目の前に突き付けられる槍と。


 怖い顔をした獣人さんが二人。


 わたしを阻むように立ち塞がる獣人さんたちが立ち塞がっていました。


 獣人特有の大きな身体で。


 わたしを見下ろす獣人さんたちの顔はとても怖くて。


「こんなところに何故人間が……?」


「待て。あの髪の色を見てみろ」


「あの……」


 わたしを見て話し込む獣人さんたち。


 そうこうしてるうちに。


 何事かと少し遠くから見てくる他の獣人さんたちもやって来て。


 その誰もがわたしを奇特な視線で見ている。


 その視線は町にいた時に何度も感じたことのあるもので。


 ここでも同じなんだ。


 そっか。


 やっぱり駄目なのかな……。


「魔力が少ない人間か。何故こんな場所にこんな子供が?」


「だが人間は我等を追いたてた奴等だぞ。それにさっきココが急いで戻ってきたのもコイツのせいなんじゃないのか?」


「ああ。その可能性は高い。お前も聞いただろ? さっき湖の方角から変な音が聞こえてきただろう?」


「やはりか。災厄を持ってくる人間はやはり危険だ」


 あ、駄目……。


 目尻に涙が浮かんできちゃった。


「がー?」


 心配そうに見上げてくるがーくんをぎゅっと握って何とか我慢しようと思うけど。


 胸が苦しいよ。


 やっぱりここでもわたしの居場所はないのかな……。


 お父さんイグニスが見つけてくれた場所だったけど。


 ごめんね。


 わたしには勇気が足りなかったよ。


 これ以上悲しくなる前にここを立ち去ることにします。


 そう思った、そんな時でした。



『貴様等……。何も知らずによくも我の娘をこうも貶してくれたものだな……』



 ビリビリと。


 周囲に響く威厳のある声。


「な、何だ!?」


「何処から聞こえてきている!?」


 驚いた表情で辺りを見回す獣人さんたち。


 それと同時に。


 獣人さんたちが持つわたしへ向けていた槍が。


『貴様等。何時まで我の娘に対してソレを向けているつもりだ』


 一瞬にして。そう一瞬にして槍先は溶けて。


 柄の部分は炭となってボロボロに燃え尽き始めて。


「ひっ!?」


「な、何が……オレの槍が……」


 やばい。


 涙が引っ込むぐらいやばいことが起きているよ。


 お父さんイグニスが怒ってる。


 それはわたしにも容易にわかるぐらいもうビリビリと。


『クーリアの為に我は我慢するつもりだったが。我の娘を災厄だと? 巫山戯るな。クーリアがどんな気持ちで貴様等の前に出たと思っておるのだ』


お父さんイグニス……」


 わたしの視界がぼやける。あれ、何で?


 これは涙でぼやけてるんじゃなくて。これは……熱?


 わたしの周囲の空気が熱で揺らめいている?


 それと同時にわたしを恐ろしい目で見てくる獣人さんたち。


 恐怖に染まった顔、顔、顔……。


 わたしを見る為に集まってきた獣人さんたち全てが恐ろしい物を見る目でわたしを見ていて。


 お父さんイグニスもしかして威圧も全開にしちゃってる?


 これは間違いなく威圧全開になっちゃってる感じだよね。


 あぁ、これはもう駄目だなぁ。


 わたしの為に怒ってくれているお父さんイグニスを感じて幾分落ち着くことが出来たけど。


 この惨状を見てこのままわたしがいる訳にはいかないよね……。



「ごめんなさい」


「は、え? な、何が……」


 腰を抜かした獣人さんに対して謝ります。


「急に現れてごめんなさい。すぐに立ち去るのでどうか許してくれませんか? 本当に迷惑かけてごめんなさい」


 必死に謝ります。


 お父さんイグニスの気持ちはとても嬉しいけど今のは駄目だよ。


 獣人さんたちの生活に急に紛れ込もうとした異物を快く思わないのは当然だったんだよ。


 えへへ。うん。分かってたよ。


 人間に追いやられた獣人さんたちが同じ人間であるわたしを受け入れてくれるはずがないってことぐらい。


『クー……すまない』


 ううん。お父さんイグニスは何も悪くないよ。


 わたしが弱かっただけ。


 そう。わたしが耐えれなかったから。


 これ以上この場にいることがもう出来なかったから。


 わたしは踵を返してその場を立ち去ろうと歩き出します。



 ――そこへ。



「アンタ等一体何をやってるんだい!?」



 突如後ろから大きな声が響いてきました。


 その声にわたしはふと振り向いてしまって。


 見えたそこには恰幅のいい姿をした猫耳の女の人がずんずん近づいてきていて。


 隣には猫耳の女の人の服を掴んだわたしと同じ年頃の猫耳の女の子。


 あれ、あの子ってもしかして湖で見た……。


 そんなわたしのことはお構いなしに。


 わたしの方をジッと一瞬みた猫耳の女の人は。


 そのまま腰を抜かして倒れていた獣人さんたちに向き直って。


 鋭い眼つきと共に。


「何があったか知らないけど、あんな年端もいかない子供をアンタ等は追い立てているって言うのかい!? アタシ等獣人の誇りすら忘れちまったって言うのかい!?」


「だ、だって母ちゃん!! アイツは人間なんだぞ!? それに訳の分からない力でオレ達の槍を燃やしちまったんだ」


「はあ? それはアンタ等が槍を突きつけたからに決まってるでしょうが!! そんな目にあったらアタシだって突きつけられた槍をへし折って謝るまでどつき倒すところさ!!」


「そりゃ母ちゃんならそうするだろうけどさ」


 えーっと。


 なんかすごい豪快な人が現れたかも。


 …………。


 うん。


 良くわからないけれど今のうちにわたしは消えたほうがいいよね。


 そう思ってこそっと来た道を戻ろうと思ったんだけど。



「そこの。ちょっと待ちな」



「ふぇっ?」


 戻れませんでした。


 さっきと同じくずんずんと。


 わたしのほうに歩いてくる猫耳の女の人。


 よく見ると頭に頭巾を被っているけど隙間からぴょっこり猫耳が生えているのが見えるね。


 って、現実逃避してる暇はなくて。


 え、わたしに何か用なのかな。


 もしかしてさっきのお父さんイグニスの行為に怒っちゃってる?


『いや、そんなまさか……』


 わたしの目の前にやって来た猫耳の女の人。それと横にくっ付いている同じ猫耳の女の子。


 そんな二人がじーっとわたしを見ていて。


 え。え。本当に何なのかな?


「ココ。アンタが見たって子はこの子に間違いないのかい?」


「うん……。間違いないよ。ものすごい光が湖の奥で光ったと思ったら、その子が何もなくなった場所に立っていたの」


 コクリと頷いてボソボソと喋る茶色い髪を肩で切り揃えた女の子。


 湖の奥が光って、わたしが立っていた?


 って、もしかしてあの時の様子を見られてた?


『もしかしなくてもそうだろうな。我の魔剣を喚び出すところは見られていないだろうが、後の事は恐らくはばっちりと見られているな』


 あうぅ。ど、どうしよう!?


『今は成り行きに従うしかなさそうだな』


 だけど、この雰囲気はわたしには無理だよ!?


 ジリジリと。


 ばれないように後ずさりして。


 うん。よく分からないからここから逃げ――。


「だから少し待ちな。アンタ名前は?」


 ――ることなんて出来るはずもなくて。


「えっと……。クーリアです。10歳の女の子です……」


「クーリア、ね。って、10歳!? そんなナリでかい!?」


 あぅ。どうせわたしは小っちゃいもん。


 じろじろとわたしの全身を見てくる猫耳の女の人だけど。


 うぅ。こうもじっと見られると恥ずかしいよ……。


 って、今のわたし葉っぱしか身に着けてないんだった。


 え、え。変なところ見えていないよね!?


 わたわたするわたしを見てどう思ったのか分からないけれど。


「ふぅ。何があったか知らないけれど。服も着ずに痩せ細った体をしていて。足も擦り傷だらけでボロボロじゃないか。どうみても普通じゃないねこれは。まったく……。こんな子供にアイツ等は槍を突き立てていたって言うのかい」


「あ、あの……」


 本当になんなの?


「仕方ないね。ほれ付いてきな」


「え、え……?」


「ああもうじれったいね。いいから来るんだよ!!」


「わ、わわっ!!?!?!?」


 ぐいっと。


 わたしの左手を掴んだ猫耳の女の人は。


 そのまま呆気にとられる周囲の獣人さんたちとわたしを無視して。


 村の方へとずんずん歩き出しました。


 何が何だか分からないわたしはそのまま引っ張られながら歩き出して。


 え、わたし村の中に入れるの?


 あ、あの。本当にいいのかな。


 わたしに色々言ってきた門番をしていた獣人さんたちも口惜しい表情をしているけど横を通るわたしに何も言ってこないし。


 でも、わたしこれからどうなるの?


 頭の中を色々なことがぐるぐると周り続けるけど。


 答えなんて見つかる訳もなく。


 そんなわたしの様子を見ていた隣を歩く猫耳の女の子。


 恥ずかしがり屋なのか少しおどおどとした感じの女の子だけど。


 わたしにしか聞こえない声で。


「だ、大丈夫だよ。心配しなくても大丈夫」


 その瞳に映る感情は。


 わたしを怖がっている感じではなくて。


 逆にわたしを心配してくれている。そんな雰囲気があって。


 だからわたしは……。


 わたしより少しだけ背丈が低い猫耳の女の子とわたしを引っ張って歩く大きな猫耳の女の人を交互に見て。


 少しだけ信じてみてもいいのかなと思ってしまうわたしがいたのでした。

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