第09話 ~湖で見たものは~
あれから本当に大変でした。
わたしの頭の上に乗ってがーがー鳴いているワニの赤ちゃん。
名前はがーくん。
安直な名前だけど、わたしががーくんって呼ぶときちんと反応してくれるんだよね。
わたしに懐いてくれるのはとても嬉しいんです。
そう。とても嬉しいんだけど。
うぅ……。お肉が食べたい……。
あの時焼いた鳥のお肉。
わたしはそのお肉を食べることが出来ませんでした。
もちろん食べたかったんだよ?
だけどね。それ以上に……がーくんがつぶらな瞳でお肉を凝視していたんだよ。
わたしが食べる前に一口だけお肉を与えてみたらね。
がーくんがものすごい勢いで食べちゃって。それでまたお肉を見てがーがー鳴くんだよね。
うん。あの時流した涙は忘れないよ。
骨だけになった鳥を見て。そして満足そうながーくんを見て。
さすがにお肉を寄越せとは言えなかったんです。
あうぅ。お肉が食べたいよぉ……。
『また獣を見つけて捕えればよかろうに。それよりも本当にどうするつもりなのだ?』
えへへ。分かっているんだけどね。
わたしから離れようとしないがーくん。
どうやらがーくんはわたしのことをお母さんだと思っているみたいで。
寝る時も歩いているときもわたしにくっついてくるがーくんを見て。
耐えきれなかったわたしが名前を付けちゃったのも更に問題を難しくしてしまっていて。
『もうあと数刻で湖に着くと言うのに。その時が来たらきちんと手放すことが出来るのか?』
そうなんだよね。
きっと本当のお母さんが湖で待っている。
だからその時が来たら本当のお母さんに返さないといけない。
もちろん分かっているよ。
少し胸が痛むけど。家族は一緒にいなければいけないもんね。
それにわたしには
『……そうだな。クーには我がいる。我はクーと何時までも一緒なのだからな』
「がー?」
不思議そうに鳴くがーくん。
大丈夫だよ。何があっても決して一人にはしないからね。
ただ、そんながーくんも一つだけ問題があって。
あ、がーくんに問題があるって訳じゃないんだよ。
がーくんがそんなことになってしまった原因はたぶんわたし……というより
えっとね。
「がーがー!!」
あ、まただ。
わたしの頭の上でぼおっと口から炎を吐くがーくん。
そう。口からドラゴンがブレスを吐くみたいに小さい炎だけどぼぉっと吐くがーくんがいるんです。
『恐らくと言うよりも。間違いなく我の影響であろうな。まさかこの様な影響が起きるとは思わなかったが』
事の発端はわたしが川でがーくんがまだ卵だった時に見つけた後のことだったんだけど。
暫くの間
『我の眷属に近い何か別の存在となってしまったと言えばいいのか。普通の動物なのだが、存在としては魔物に近くなってしまっているな』
と、それは
――魔物。
それは動物でも魔獣でも人間や亜人とも違う存在を現す言葉だそうで。
代表的な存在がゴブリンやオーク。
世界中の色んな所に生息しているんだけど。決して人とは相容れない存在の代表となっていて。
まず言葉が通じない。そして野蛮で自分たち以外の存在は基本何でも襲うらしく。
獣人や
そんな代表的な存在であるゴブリンやオークとは別の意味でも代表的な魔物もいて。
それは幻獣や神獣と呼ばれる生物のことで。
例えばドラゴンだったり、翼を生やしたライオンだったり。山みたいに大きな亀もいるみたいなんだけど。
そんな普通の動物とは絶対に言えない存在も魔物に分類されてるんだよね。
実際は魔物って言うよりも幻獣や神獣だとか、〇級危険種って呼び方をするみたいなのだけど。
他にも魔石を取り込んで変異してしまった動物とかも魔物って言うみたいで。
今はその存在は関係ないから置いておいて。
とにかく魔物と言っても多種多様な生物を指す言葉なんだけど。
わたしの頭の上に乗って今は寝てるワニの赤ちゃん。がーくんのこと。
魔物扱いとなってしまう可能性があるってことが分かったのだけど。
わたしはそのことで少しだけ心配しているんだ。
がーくんが。普通のワニじゃなくなってしまって。
そのことで本当のお母さんに見捨てられたりしないか。
髪の色が薄いせいで劣等種と呼ばれたわたしみたいに。
同族と少し違うからというだけで仲間とみなされないなんてことがあったりしないか。
そんなことを思いながらわたしは。
がーくんを頭の上から降ろして両手でぎゅっと抱きしめます。
この子はわたしみたいに寂しい想いをさせたくないな。
あ、起こしちゃってごめんね。ってわわ。暴れないでってば。
『どんな存在も自分達と違うと言うだけで忌み嫌う者がいるからな。こればっかりは会ってみないと分からないが……む……』
どうしたの
『いや……もう間もなく見えると思うが……湖の一部に魔素溜まりがある様に感じられてな』
魔素溜まり?
『後で説明する。それにだ。ようやく到着だぞ』
「わぁっ!!」
立ち並ぶ木々を抜けて。
視界に差し込む陽の光を手で遮ったそこには。
見渡す限りの大きな湖が広がっていました。
「大きい……こんな大きな湖、生まれて初めて見たよ!!」
『はは。クーにとっては大抵のことが初めてな気がするがな』
「がーがー!!」
湖を求めて歩いて何日も経ったけれど。
ようやく。
ようやく到着したんだ。
だけど、何だか……。
うん。何だか変な感じがする。
「この辺りは綺麗なんだけど……奥の方がなんだか変な感じがする」
湖の反対側は高く聳えたつ山脈が見えるんだけど。
その山脈の麓……湖の反対側だね。そこが見える限り何だかぐちゃぐちゃになっていて。
『先日の雨で土砂崩れが起きたのか? いや、それにしても妙に魔素濃度が高いのが気になるな』
「わわっ。がーくんどうしたの?」
そんなことお構いなしにわたしの腕の中に抱いていたがーくんが身をよじりながら暴れ出して。
ぽちゃんと湖の中に落ちてしまいました。
そして……すぐに顔だけ出したがーくんは。わたしの方を向いて。
「がーがー!! がー?」
冷たくて気持ちがいいよ? お母さんも一緒に入ろうよ!! とでも言っている様な雰囲気があって。
『ふむ。今は考えても仕方がないか。それに君にとっては長い道のりだったんだ。色んなことを忘れて休むといいさ。なに、我が周囲を見ているから気にするな』
えへへ。うん。実はちょっと待ちきれなかったんだ。
身に着けていた汚れてボロボロになっていた葉っぱを外して……えいっ!!
ばっしゃーんと少し大きな水しぶきを上げて。
わたしは湖に飛び込みました。
水面に浮かんで流れるままに漂って。
あー気持ちがいいなぁ。
裸になっちゃってるから少し恥ずかしいけれど。
それでも暑い日が続いていたから冷たくてとても気持ちがいいです。
がーくんも喜んでるみたいでわたしの周囲をちっちゃな手足をばたつかせてぐるぐる泳いでいるね。
こうして透き通る透明な湖の中にぷかーっと漂っていると色んなことを忘れてしまう解放感がある気がしてくるのは何でだろう?
一時間ほどそんな感じでゆっくりと楽しんだわたしは。
相変わらず着る服はないので大き目の葉っぱを見つけて大事な部分を隠したのだけど。
せっせと胸を葉っぱで隠しながら思うんだけど、綺麗じゃなくてもいいからお洋服はやっぱり欲しいよねぇ。
何時までもこんな姿はさすがに嫌かなぁなんて思ったりして。
「がー?」
がーくんは裸でも気にならないからいいかもだけど。
わたしは女の子なんだから恥ずかしいんだよ!
『さて。そろそろそのワニの親を探したいと思うのだが……』
ワニじゃなくてがーくんだよ。
『いや、さすがに我が言うには恥ずかしいのだが』
むぅ。がーくん可愛いのに。
「まぁ、いいんだけど。うーん……でも見た感じがーくんのお母さんはいないよね?」
『そうだな。湖の中には幾つもの生命反応は感じられるが、さすがに我の熱も水の中までは通らないからな。湖の中心部は恐らくかなり深いと思う。だからさすがにクーを泳がせて探させるには危険すぎる。だとすれば……』
「反対側を見に行ってみるしかないのかな?」
『ああ。我がいるから大丈夫だと思うが。この湖の反対側は変な違和感がある。魔素溜まりが幾つか出来ているのと、それに先程から感じられるが全く動きを見せない反応物が幾つか……』
さっきも思ったけれど。
まず、魔素溜まりって何なんだろう?
『ああ、魔素溜まりについて後で説明するとさっき言っていたのだったな』
――魔素溜まり。
別名瘴気とも言うみたいなんだけど。
原因は
時々そんな他の場所よりも異常なほどに濃密な魔素が漂う場所が出てくるそうで。
大抵そんな場所は魔窟となって魔獣がたくさん生まれたり、その中にいる動物が特殊変異で魔物化してしまうことがあるらしく。
そんな魔素溜まりがすぐ近くにあると
「え。それってとても危ないんじゃ」
『ああ。もちろん危険な場所だ。だが、クーよ。君は気になっているんだろう? そこにワニの親がいるんじゃないか。と』
「うっ。それはそうなんだけど……」
『下手に行くなと言うよりも我が守っているから見に行くとしようか。それに我の力ならばあの程度の魔素溜まりならば消滅させること訳あるまいて』
「そっか。じゃあわたしのことお願いね? もちろんがーくんのことも」
不思議そうに見上げてくるがーくんを両手で持ち上げて頭の上に乗せたわたしは。
足元を水に浸からせながら湖に沿って歩き始めました。
がーくんのお母さんが。それにお父さんも。どうか無事でありますように。
そう願いながら歩いていたんだけど。
わたしの願いが叶えられることはありませんでした。
徐々に近づくにつれて。
ソコが異様な雰囲気に包まれていることが分かりました。
薙ぎ倒されたたくさんの樹と抉れた大地。
大きな獣……鹿や猪の死骸が散乱してて。
そんな中にあった信じたくなかった存在は……。
「もしかして……がーくんのお母さんとお父さん……なのかな。それに……」
わたしの身体の2倍はある大きなワニが二匹。
寄り添うように倒れている二匹は動く気配を全く見せなくて。
口から血を流して。それに足と尻尾はどこにも無くて。
その横には殻が割れて中からドロっとした中身が出ている卵があって……。
「ひどい……なんなの? なんなのこれ……」
何時か見た光景が……。
わたしの頭の中には。
あの時林道で止まった馬車で血を流して倒れていた奴隷商のオジサンと知らない男の人が二人いた光景を思い出していて。
あの時と同じ……。
動くものなんて何処にもいない。
みんな。みんな死んじゃってる。
「うえっ……。えぅ……」
堪らずに朝食べたおさかなを全部戻してしまいました。
『大丈夫か!? 落ち着くんだ。一旦戻って水を飲むんだ!!』
ひどいよ……。
誰なの? こんなことしたのは。
『とにかく落ち着くんだ。だが、雨の影響ではないのは確かだな。とは言え普通の獣の仕業でもない……。魔素溜まりが出来る程の存在がいた? いやまさか。我の感知では周囲にはソレは見当たらないが……』
「――お水よ」
駄目だよ。こんなところで勝手に悲しんでちゃ駄目だ。
喚び出したお水を口に含んで飲み干します。
するとすーっと頭の中が冴えてきて。
「うぅ……
今はわたしよりもがーくんのことだよ。
わたしを心配そうに見てくるがーくん。
あのね。アナタのお母さんとお父さん。それに兄弟になるかもしれなかった子たちは……。
うぅ。言えないよ。
わたしをお母さんだと思ってくれている。
わたしを慰めてくれているのか舌を出して必死に舐めてくれているこの子にわたしは言うことが出来ないよ。
本当のお母さんはもういないんだって。アナタの家族は死んじゃったんだよだなんて。
ねぇ、
『…………。一つ言えることはこの場所を放置していては駄目だ。このままだとこのワニの親も。他にも死んだ獣たちも同様に魔獣と成ってしまう』
ぇ……。どういうことなの?
『魔素の中で死んだ存在は、魔素に身体を蝕まれてしまう。その結果が……魔獣の源となる魔石となる。通常の魔素が固まって出来た魔石よりも
わたしにはほとんど分かってないのだけど。
それでもやることだけは分かるよ。
がーくんのお母さんとお父さん。それに無念にも生まれてくることが出来なかった兄弟たち。
『今の君ならば。炎の制御が出来始めている君ならば喚び出せるはずだ』
がーくんは危ないから頭の上から動いちゃだめだからね?
体の中へと意識を集中させます。
そして。
「おいで。――イグニス!!」
何時か見た光景が。
あの時は抑えきれなかったけれど。
今のわたしなら出来る。
目の前には両手でつかんだ黒い剣身に赤い螺旋が混じった大きな
全体から迸る炎が揺らめいていて。
わたしの意志に答えてくれる。
今までと変わらずわたしを守ってくれる暖かさがあって。
うん。大丈夫。
わたしの着ている葉っぱの服も。頭の上ではしゃいでいるがーくんも影響は受けていない。
『願うんだ。クーが今行いたいことを。我はその為に力をなって叶える存在となろう』
わたしの願い事。
それはわたしみたいな不幸になる存在をこれ以上出したくない。
がーくんのお母さんとお父さんが。それに産まれることが出来なかった子たちが。
安らかに眠ってほしい。
わたしが願うことはただそれだけなんだよ。
『ああ、それでいい。我が。呪いの魔剣と呼ばれた我が。炎を司りし――このイグニスが。クーリアの願いを叶える為にこの力を振るおうぞ!!』
「えへへ。有難うね。だから――お願い。イグニス!!」
――その瞬間。
わたしの周囲にあった存在は。
一片の塵も残さずに光の柱に飲み込まれて。
数瞬の後。
光が消えて周囲が見えるようになったそこには何もない空白地帯となっていて。
倒れていた樹も。死んじゃっていた鹿や猪たちも。
そしてがーくんのお母さんとお父さん。割れた卵たちも。
全て
だからなのかな。
何だか空気が変わった感じがして。
「これでもう大丈夫なのかな?」
『ああ。魔素溜まりも一つ残らず消滅した。このワニの親たちも天国で眠っているだろうさ』
「そっか。これでもう苦しむことはないんだね」
頭の上にいるがーくんをそっと撫でるとまたがーがー鳴いていて。
嬉しそうに口から炎を吐くがーくん。
わたしに懐いてくれるがーくん。
うん。この子の家族はもう何処にもいないんだね。
『……連れて行くのか?』
「反対はさせないよ? だってがーくんのお母さんはわたしなんだから」
この場所で何が起こったのか分からないけれど。
がーくんは一人になってしまった。
だけど。絶対に独りにはさせない。
それがお母さんの役目だから。
がーくんのお母さんになったわたしは絶対に見捨てたりしないんだからね。
ね。がーくん。
「がーがー!!」
『反対なんてしないさ。だがな……っ』
「どうしたの
何かに気付いた
そんな
あれ?
あそこにいるのって……。
「人? ううん。違う……あれってもしかして獣人さん?」
『何かの反応が近づいていることに気付いたがやはりあれは……』
わたしがいる場所からは少し離れているけれど。
明らかにわたしの方を見ている人がいて。
頭には獣特有の耳と足の近くに揺れている尻尾は間違いなく人間ではなくて。
獣人さんだ。
え。獣人がいる?
遠くから見てるからおぼろげだけど。
わたしみたいな背丈の女の子が立っていて。
わたしが見ていることに気付いたのか。
なんだか慌てたみたいに森の中に消えていくよ!?
「あ、あ……急いで追いかけないと!!
『あぁ、急いで追いかけるとしようか。まさか獣人がいるとはな。いや、それを願ってここまで来たのだからこれは喜ばしい事なのか』
そうだよ。
これは嬉しいことなんだよ!!
きっと。うん間違いなく
それは獣人さんたちのことなんだ。
これから何が起こるか分からないけれど。
わたしは消えた獣人の女の子を急いで追いかけることにしたのでした。
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