第08話 ~おにくとたまご~

 ジリジリと。


 頭上には燦々と太陽が輝いていて。


 雲一つない青空は見ていてとても気持ちがいいものなのだけれど。


 そんな太陽の日差しを浴び続けるのは女の子的としては避けたい事実な訳で。


 だからなるべく木陰になっている箇所に隠れながら歩いているわたしは。


 うん。それでもとても暑いです。


 我慢はまだ何とか出来るけれど。


 森の中は湿気が高くてジメジメする気持ち悪さがあって。


 全身から汗がポタポタと流れていていきます。


「そういえばもうすぐ夏なんだっけ」


 既にわたしの誕生日から半月以上が経っていると言うことは。


 もうすぐ夏がやって来るということでもあって。


 日に日に熱くなっていくのを感じながら。


 暑いのは嫌だなぁなんて考えながらわたしはとある地点でじーっと隠れています。


 そうそう。もちろん脱水症状にならない様にお水はたくさん飲んでます。


 全部わたしの魔力で喚び出したお水なんだけどね。


 でも、何時でも何処でもわたしの魔力さえあれば冷たいお水が飲めるってよくよく考えれば凄いことだと思うんだ。



 ただまぁ、木陰に隠れているからまだ何とかなるんだけど。


 それでも暑いものは暑い訳で。


 んー。正直贅沢な考えかもしれないけど。


 お父さんイグニスのおかげで寒さはほとんど感じないんだけど。


 暑さもどうにかならないかなーと思ってたりするんだけど。さすがに無理だよねぇ。


 そんなわたしが漏らした愚痴に対して、お父さんイグニスはきっちりと反応してくれて。


『一つ手はないこともないのだが。その為にはクーが我を喚び出す必要があるから今は難しいだろうな』


 あれ。暑さももしかしてどうにか出来る感じなのかな。


 少し期待した目で自分の胸を見下ろしてみるけど。


『どうにかなるというよりも、我を――魔剣の制御が出来る様になれば熱への耐性も自ずと出来るようになると言ったものか。まぁ、だからと言って夏の暑さに耐えるためのものではないのだがな』


 うーん? 結局のところ。今は暑さに耐えるしかなくて。


 何時か頑張ればこの暑さも気にならなくなるってことなのかな。


『今はそう捉えて問題ないな。っと。対象が現れたぞ』


「うん。わたしにもきちんと見えてるよ」


 汗を手でぬぐいながら視線は動かさずにとある地点を見続けていると。


 ようやく目的のソレが姿を現してくれました。



 もう分かっていると思うけれど。


 太陽がどんどん傾き出して。


 木陰に隠れていたのに次第とジリジリ肌が焼ける感触を感じながらもジッと隠れていた理由。


 それはわたしの視線の先。ここから15メートルぐらい先の地面にソレが現れるのを待っていたから。


 逃げられない為にも。


 わたしは慎重に息を潜めます。


 今度こそ成功させるんだ。


 緊張で手が少し震えるのを必死に我慢して。


 額から流れる汗が目に入らないように祈りながら。


 右手を伸ばして左手で右手首を握ります。


 照準合わせよーし。


 よく落ち着いて――――ソレが。空から降り立った鳥が。わたしが地面に置いたおさかなを咥えた所目掛けて。


「貫いて――フレイムアロー」


 ――一閃。


 わたしの掌から放たれる一陣の炎の矢。


 目標の先にはおさかなを咥える鳥が三羽いて。


 一直線にその鳥たち目掛けてわたしの炎が向かっていく。


 しかし。わたしの声に気づいたのか。はたまた鳥が持つ直感で気づいたのか。


 当たる直前に三羽全てが羽を広げて飛び上がる仕草を見せていて。


 外れる……。


 わたしが放った炎の矢は当たらない。それは誰が見ても明らかなことだった。


 だけどね。


 その行動はもうお見通しだったんだよ。


 わたしがどれだけ練習したと思っているのか思い知るがいいのさ!!


「まだいくよ――フレイムアロー!」


 わたしの攻撃はまだまだ続くよ。


 そのうちの一羽に向けて。


 飛び立つ先の何もない空間へと。


 わたしは先程放った炎の矢の優にはあるであろう炎を放つ!!


 そして……。


「ピィッ――!!?!?!?」


 数瞬の後。


 目の前には短い鳴き声を上げて落下する一羽の鳥と。


 仲間が堕ちたことで慌てて咥えていたおさかなを放り捨てて逃げ出す二羽の鳥の姿。



 …………。


 やった。


 思い通りの結果になったことによる嬉しさがこみあげてくるのを感じるけど。


 わたしは立ち上がって逃げ出す鳥を見ながら心の中で謝ります。


 ごめんね。アナタ達の仲間を殺しちゃって。


 今のわたしには必要なことだから。だから恨んでくれて構わないよ。


 うん。覚悟は出来てたけどやっぱり少し罪悪感が残っちゃうな。


『仕方あるまい。命を奪うことに慣れろとは言わないさ。だが根を詰め込みすぎるなよ。それにだ。ようやく君の念願の物が手に入るぞ。よかったな』


「そうだね。うん。ありがとうお父さんイグニス


 嬉しさ半分。罪悪感が半分で。


 結果としては一瞬だったけど。


 わたしはようやく念願のお肉を手に入れることが出来たよ。


 道のりは長かったし。動物とはいってもわたしが命を奪うことになったことは間違いない事実だけど。


 だからわたしは自分の行動をきちんと受け入れます。


 わたしはお肉を食べるんだ。生きるために。そして成長するためにね。



 そこからは流れ作業でした。


 お父さんイグニスに教えてもらって。


 わたしが殺した鳥の解体を進めます。


 蔦に吊るして血抜きを行って。時間がかかったけれど皮を剥いで内蔵を取り出します。


 包丁なんて立派な刃物は持っていないから。ほとんど手作業になったんだけど。


 洗った木の棒にお肉と骨だけになった鳥を固定して。


 焚火の上に乗せて炙っていきます。


 すると数分もしないうちにじゅうじゅうと油とお肉が焼ける音がしてきて。


 とても美味しそうな匂いが漂ってくるんだ。


「早く食べたいなぁ」


 口の中が唾液で溢れるのを必死に我慢します。


『頑張ったからな。早く食べたい気持ちは我でも何となく分かるよ。だがな。最後まで気を抜くなよ?』


 お父さんイグニスからの忠告。


 正直このままゆっくりとお肉を焼いていたいんだけど。


 そうもいかないんだよね。


「威圧は切ってるんだもんね。そりゃ匂いに釣られてやってくるよね」


 お父さんイグニスと予想していたから慌てはしないよ。



 お肉を見つつも周囲に注意を促していると。


 すぐ近くの雑木林がガサガサと音を立てていることに気づいて。


 そこから現れたのは森の中で何度も見た黒い犬のカタチをした獣――魔獣が三匹。


 その視線は言うまでもなく焼いているお肉を向いていました。


 三匹もの魔獣と同時に相対するのはこれが初めてだけど……。


 うん。これは許されないよね。


 わたしが頑張って捕まえた鳥を横から掻っ攫おうなんて絶対に許されないんだよ。


『決して油断はするなよ。我が守っているとは言っても想定外のことが起きるかもしれないからな』


 何度も言われたことだもんね。


 分かっているよ。落ち着いて見極めるんだね。


 恐怖はもちろんあるよ。だけど、お父さんイグニスとの特訓でアナタ達の動きはもう知っているんだから。


 そう思ったのも束の間。


 わたしを脅威とみなしていないのか三匹の魔獣が襲い掛かってきました。


 統制がとれていないバラバラの動き。


 この獲物は自分の物なんだとでも思っているのかな。


 絶対に渡さないよ。


 このお肉はわたしのなんだよ!!


 それぞれが我先にとぶつかり合いながらわたしに向かってきます。


 とても速い動きだけど。ただ闇雲に襲い掛かってくるだけだったら対処はあるんだ。



 まず一匹。


 口を広げて正面から襲ってくる魔獣目掛けて。


「――フレイムアロー!」


 避ける時間なんて与えないよ。


 ほぼ近距離から放出したわたしの炎の矢は。


 魔獣の口の中に入っていってそのまま勢いを無くさずに貫いていき。


 一瞬で犬のカタチをしていた魔素を周囲に散らしていました。


 わたしはその様子を横目に確認したら慌てずにすぐに素早く背後に下がって横から駆けてくる別の一匹に向けて。


「せーの!! ――フレイムパンチ!」


 要は炎を拳に纏わせたただの裏拳なんだけど。


 お父さんイグニスの炎は偉大なんだからね。


 迫っていた魔獣の顔にぶつかったわたしの拳は。


 曲がりなりにも生き物の顔を殴ったはずなのに、そんな衝撃は全くなくて。


 そこには顔を無くした魔獣がよろけながら倒れてそのまま先程と同じく魔素を周囲に散らす結果だけが残っていました。


 よし。これで残るは一匹だね。


 そんな残る一匹も。


 わたしが背後に下がったことで噛み付く先が無くなってしまい一瞬だけ隙が出来ていたから。


 わたしはそのまま真横に大きくジャンプ。


 すると当然のようにわたしがさっきまで立っていた場所を通り抜けている魔獣の姿があって。


 一定の間合いを取ることが出来たわたしは最後に気合を込めます。


「これで最後だよ。――フレイムボム!」


 力を込めると同時に狙った位置に喚び出した炎を即座に爆発させました。


 舞い上がった土埃が魔獣の姿を隠すけれど、それも数秒の事で。


 静かになったそこにはもう何も居らず、地面には黒い結晶――魔石だけが転がっていました。


 これで終わりかな?


 周囲をもう一度見回して……うん。


 やった。お父さんイグニスとの修行の成果がきっちりと表れてる。


 嬉しいなぁ。これが努力は実を結ぶっていう奴なのかな?


「えへへ。やったよ!! 完全勝利だね!! ……って、お肉が焦げちゃう!!」


 お肉の様子が気がかりだったわたしは勝利の余韻に浸る間もなくて。


 その様子を終始見ていたお父さんイグニスの呆れる声が聞こえてきたけれど。


『なんというか。食への執念は怖いものだな。こうも一方的に倒すことが出来るとは我も驚いたぞ』


 えへへ。お肉を奪おうとする相手には容赦なんてしないんだよ。


 周囲には危険な存在がいないことだけお父さんイグニスに再度確認してもらったわたしは。


 木の棒をぐるぐると回して守ることが出来たお肉をまんべんなく炙り続けました。



 ――そんな時でした。


『む……。クーよ。もしかしてなのだが』


「ふえっ? まだ何かあるの?」


 何かに気づいたお父さんイグニス


 どうかしたのかな?


 もう危険な魔獣や獣はいないんだよね?


『そうなんだが。それよりもだな。……背負っている卵が我の感覚では動いている様に感じられるのだが』


「え……?」


 卵? え――卵!?


 わたしが背負っている卵が動いている?


 それって……。


 あわわわわ。急いで確認しないと!!


 背中から卵を入れたカゴを降ろしてそっと両手で抱えてみると。


 ガタガタ……。


 お父さんイグニスの言う通りだ。え。動いてるよ?


 これってもしかして……。


「え。え。もしかして生まれちゃうの? ど、どうしようお父さんイグニス!?」


『我に訊かれても困るのだが!?』


 わ。お父さんイグニスも予想外だったのか混乱してるよ。


 え、本当にどうしたらいいのこれ!?


 そんなわたしの思いを裏腹に。


 卵から伝わる振動はどんどん増してきて。


 そして。


 ピキッ――。


 罅割れる音が聞こえたと同時に。


 ピキピキと。わたしの目の前では卵にヒビが広がっていって。


 徐々に剥がれていく卵の殻の中から現れたソレは……。


「ガー!!」


「…………ワニ?」


『……ワニだな』


 爬虫類独特のギョロっとした眼と。


 短い手をばたつかせていて。


 小っちゃいけれどその姿は間違いなく図鑑で見たことがあるワニと相違なくて。


 割れた卵の殻の中から顔と手だけ出していて。


 わたしをじーっと見てがーがー鳴くワニの赤ちゃんがソコにいました。


『どうみてもワニの赤ん坊だな。だがここで生まれてしまうとは我も予想できなかったぞ』


「か……」


 お父さんイグニスが何か言っているけれど。


『どうしたものか……。どう見てもこのワニはクーのことを……って、クー?』


 今のわたしには目の前の存在しか見えていなくて。


 手足をばたつかせて卵からわたしの体へとよじ登ってくるその姿はまさに。


「かわいい……」


『クー? 我の声が聞こえているか?』


 駄目。もう我慢できない。


 がしっと。ワニの赤ちゃんのお腹を掴んだわたしは。


 そのまま頭上に持ち上げて。


「かわいい!! わぁ。ワニの赤ちゃんなんて初めて見たけど可愛すぎるよこの子!!」


 がーがー鳴くワニの赤ちゃん可愛すぎるよ!!


 じたばたともがくワニの赤ちゃんは。


 どうにかしてわたしにくっ付きたいみたいで。


 見れば見るほど愛嬌さが溢れてきている様に感じて。


 ああ、もう可愛すぎるよ。


『クーよ。頼むから落ち着いてくれないか? ほら肉が焦げ始めているぞ』


「ハッ。お肉!!」


 お父さんイグニスの声というよりお肉という単語に反応したわたしは。


 ワニの赤ちゃんを片手で抱き寄せて。


 焼きあがったお肉を食べる準備を始めないといけないし。


 ああ、もう。やることがいっぱいすぎるよー!!


『本当に我が娘はせわしないな……だがこれは本当にどうしたものか……』


 だったら少しは手伝ってほしいんだけど!!


『さっきから言っていることが滅茶苦茶だぞ!?』


 だってだって。


 お肉は食べたいし。


 だけど、ワニの赤ちゃんのことも見なきゃいけないし。


 わたしどうしたらいいのかなぁ!?



 そんなことをしている内に太陽もすっかり沈んでいて。


 月明かりと焚火の明かりが照らす中で。


 胸の中でがーがー鳴き続けるワニの赤ちゃんがいて。


 どうすればいいか分からなくてパニックになるわたしとお父さんイグニスもいて。


 そんな異様な光景に。


 何とか落ち着くことが出来たわたしがまず感じたことは。


 人と魔剣と爬虫類。


 こんな謎の組み合わせ。


 きっと神様でも予想できなかったんじゃないかなぁとふわふわ思ったんだよね。

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