第173話チートなサムライ三度07


 トントンと軍路を歩く。


 尖兵の無力化は、まだ伝わっていない。


 斥候待ちの軍隊を見かけたが、


「にゃあ」


 とイズミは鳴くだけだった。


 殊更に騒ぎ立てるでもなく、緊張と言うには弛緩しすぎ、オーガの身体に宿った膂力は脱力の極北にあった。


「何だお前ら?」


 軍隊にしてみれば、不自然な人物だろう。クロウにしろイズミにしろ。


「敵です」


「……………………」


 沈黙の帳が下りる。


 致し方ないとは言え……ローティーンにも達していない人間に「敵だ」と言われて「はいそうですか」とはいかないものだ。


 スラッと鬼丸を抜くクロウ。


 イズミもチョンチョンと腰に差している虎徹を示した。


「尖兵は?」


「潰しました」


「ほう」


 殺気。


 ざわめき。


 どよめき。


「思ったとおり……ですか」


 ここに問題の傭兵はいない。


 純軍事的な事象だ。


「では始めますか。斬られたい方からかかってきてください」


「よく言った!」


 兵士の一人が剣を持って襲ってきた。


 両手で握り、振り下ろす。


 爽やかに受け止めるクロウ。


 片手握りの鬼丸は、しかし軽く上段を受け止める。


「イズミ」


「あいあい」


 瞬足からの抜刀。


 アキレス腱が切られる。


「――――――――!」


 悲鳴、後に倒れ伏す兵士の一人。


「一、二、三……前衛が三十人ほどですか。結構舐められてますね」


「まぁ実際に此方が負けているわけだしな」


 それも事実だ。


 槍が二人を襲う。


 すり抜けた。


「っ!?」


 それが残像だと分かったときには、明かりが消える。


 双眸を潰されたのだ。


 素早い対処。


 かつ適確な剣閃。


 移動の迅速さ――並びに、かける事、剣の術理。


 弾き出される方程式は最適解だった。


「まさか貴様ら!」


 イズミにしてみれば「まず真っ先に其処を疑えよ」との意見なのだが、目の前の現状の悪夢性さえなければ覚るのはかなりの労力が要るのも事実。


 ――幼年の傭兵。


 この年齢で他に誰が傭兵をやるか?


 その通りだ。


 オーガの血を引いている。


 それも確かだ。


 ヒュッと加速。


 イズミのソレは、発生が見えない。


 気付いた時には切り捨てられている。


 クロウの方はもっと理不尽だ。


 跳躍で軍隊の背後を取り、


「挟撃か!」


 その懸念通りに展開する。


 手首や双眸を切り裂いて、兵士の無力化。


「やろ!」


「てめ!」


 言葉でしか返せないのが悲しいところ。


 剣。


 槍。


 戟。


 どれ一つとして、クロウとイズミを切り能わない。


 あまりに常識外れの時間に住んでいる。


 まず以て、条理の外だ。


 理解を求める方に無理があった。


「化け物……!」


「否定はしませんがね」


 苦笑いも出る。


「仮に自分が化け物なら」


 常々思う。


「御大は何者為るや?」


 と。


 軍隊を殲滅するまで時間は要らなかった。


 その上で一人も殺していない。


 治癒魔術をかければ立ち直るだろうが、この際斟酌にも値しない。


 その辺はむしろ駐屯軍の管轄だ。


「鬼丸も血を吸えてご満悦ですか」


 チャキッと鳴く。


「後衛はもうちょっと兵が多いでしょうね」


「そんなものか」


「ええ。そんな物です」


 兵力の逐次投入はあまり歓迎されない。


 ただ地理的に意識の浅い土地だ。


 地図と現実では認識に開きがある。


 前衛の数が少なく、なお尖兵も少なかったのは、此処に起因する。


 要するに共和国側にとって現在地はアウェーなのだ。


 警戒心が兵を鈍重にする。


 致し方ないとは言え、苦笑もせざるを得ないだろう。


 仮にクロウなら、士気に物をいわせて駐屯地まで進撃しているところだ。


 少なくとも、「国境沿い不利」の情報が伝達されたら、本国から更に兵力が送られてくる。


 先述の通り、皇国は共和国とだけ戦えば、それでいいのだから。

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