第171話チートなサムライ三度05


「ふい」


 肩まで湯に浸かる二人。


「明日にでも喧嘩を売る……か」


「軍隊に必要なのは補給と速度ですから」


「さすがに源義経は軍略に長ける……か」


「あまり欲しい能力でもございませんでしたが」


 おかげであんな最後だ。


 源判官九郎義経みなもとのほうがんくろうよしつねは。


「伝説だよな」


「お恥ずかしい」


 照れ笑いが透ける。


「実際クロウはよくやったと思うぞ。歴史がソレを証明している」


「イズミはどうだったんです?」


「安寧の時代だ」


「安寧」


「天下統一が成ったからな」


「鎌倉幕府は?」


「一朝に潰えた」


「歴史の儚いこと」


「沙羅双樹の花の色……だな」


「それは」


「平家物語って詩だ。源平合戦の後に、琵琶法師が謳った平家没落の詩」


「ほほう」


「冒頭は良く聞くな」


「謳ってみてください」


「コホン」


 咳払い。


「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」


「…………」


「娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす」


 トクトクと謳う。


「おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし」


 本当に、その通りのように。


「たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ」


 平家の隆盛と凋落の詩。


「綺麗な詩ですね」


「だから謳われてきたのだろう」


 ニヤリとイズミは笑った。


 事実として、平家物語は日本で謳われた曲で、その普遍性はあまりに常識的に過ぎる……その一言だ。


「お前のおかげだな」


「畏れ入りますよ」


 自らの合戦が後世に謳われる。


 名を挙げると、評論家の餌食なるのもしょうがない。


「その意味では上泉伊勢守信綱かみいずみいせのかみのぶつなもそうではないでしょうか?」


「かもな」


 イズミも否定しなかった。


 剣聖。


 上泉信綱。


 イズミの前世だ。


 剣術の極致。


 陰流を極めし逸れ者だ。


 どれほどの鬼才がソレを可能とするのか?


 恐ろしく静かで薙ぎに似た剣。


 相手の初動より速く、なお静謐に命を奪う魔剣だ。


「陰流ですか」


「試すか」


 サラリと言って、イズミは剣を奔らせた。


 クロウをして咄嗟の判断まで追い詰める。


 剣の起こりの読みにくさが、そのまま決着に繋がる点は、クロウですらも脅威に思ってしまう。


 ハッと気付いた時には、


「――――」


 クロウも迎撃していた。


 雲耀の半分。


 刹那の間一髪。


 たった一瞬で、演算し、技術の構築。


 結果、


「ほう」


 イズミの剣を受け止めていた。


「本当に貴方の剣は」


 呆れるほか無い。


 端的に命を取りに来るのだ。


 クロウでなければ、その場で首を刎ねられているだろう。


「やっぱしクロウが一番相手に成るな」


「お互い様ですが……」


 パシャッと湯を肩に掛ける。


「救い難い業ですね」


「ソレも然りだ」


 イズミとしても笑うほか無い。


 キキィンと剣圧が高らかと鳴る。


 その幻聴は、確かに二人には聞こえた。


「疾」


「射」


 先の先。


 読み合いでは少しイズミが上を行く。


 一対一は後世の剣術だ。


 クロウの物は合戦剣術。


 一対多に特化している。


 どちらが優れているかは甲乙在るが、


「それで破滅的なんだから手に負えない」


 とはイズミの論評。


 クロウ曰く、


「お前が言うな」


 に相当する。

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