第165話イース皇国の難17


 そんなわけでこんなわけ。


「精神的疲労」


 との名目で、クロウとイズミは城を退いた。


 まず順当な判断で、たしかにあらゆる意味で城内はある人物のテリトリーであるため、どうしても後手に回ってしまう。 


「すまぬ」


 とは皇帝の謝罪。


 当の娘があの様では、


「大変だろう」


 は涼やかな認識。


 そして、二人は喫茶店で駄弁っていた。


 茶を飲んで、まったり。


「え? あのワサビ様が?」


 とはアイナの念話。


「お兄ちゃん……」


 ローズも心配げ。


「何もされておりませんので」


 そこは断言できる。


「厄介なことに」


「なった……ね……」


「然程ですか」


 ワサビの変態性は、セントラルにも伝わっているらしい。


「お兄ちゃん……」


「はいはい」


「すぐ帰ってきて……」


「無理です」


「わぅん……」


 棄てられた子犬の声。


「別に何をされるわけでも無し」


 何を出来るわけでも……また無し。


 仮にされても、撃退自体は容易いだろう……高度に政治的な事情すらも勘案に含めて尚……である。


「お前がクロウか?」


 そこにガラの悪い声がかかった。


「…………」


 少し思案。


 何某か……はわからないにしても、あまり友好的な声色でなく、ついでに言えば仲良くしたい声質でもなかった。


「何か用か?」


 イズミの方が応対した。


「何か起きたんですか?」


 アイナが尋ねてくる。


「ガラの悪いのに絡まれまして」


「ご愁傷様」


 さっそく回答は出たらしい。


 その辺の信頼は、アイナにしろローズにしろ、クロウに全チップをベットしているので、負ける方が万馬券。


「クロウって奴に用があるんだよ」


「まず俺を通せ」


「イズミか」


「知ってるか?」


 傭兵の屯すイース皇国だ。


 それはイズミの容姿も伝わっている。


「前から不思議ではあったんだよな。どうやって幼女がSランクに選ばれたのか」


「ま、偏に実力だな」


「じゃあ試すか?」


「良いからかかってこい」


 サラリと、


「雑魚」


 と付け足す。


「よく言った!」


 傭兵が斧を振り上げる。


 それが振り下ろされると空を切った。


 目測は誤っていない。


 イズミも躱していない。


 もっとシンプルに、斧が途中で切れていた。


 傭兵が斧の持ち手を掲げたときには、既に不可視の斬撃が、斧を切断していたのだ。


「?」


「死にゃしない」


 傭兵の双眸に一線奔る。


 イズミの斬撃だ。


「ぐ……」


 出血。


 痛覚。


 暗闇。


「あああああっ!」


 悲鳴が轟いた。


「…………」


 クロウは淡々とお茶を飲んでいる。


「どうなりました?」


「イズミの圧勝です」


 念話で報告。


 感応石は今日も便利。


「虎徹も血を吸う……ですか」


「鬼丸もそんな感じだろ」


「ですねぇ」


 チキッと音が鳴る。


 鳴いているのだ。


「血を吸いたい」


 と。


「中々物騒な巷だな」


「イズミが言いますか」


「とりあえずはな」


「で、この傭兵を焚き付けたのは……」


「どうだろな。だが金は持ってたぞ。王族の依頼なら、たしかに破格の報酬だな」


 巾着袋をティーテーブルに置く。


 結構な金が入っていた。


 というかいつの間に盗んだのか。


 手癖の悪さもSランクだ。


「凄いですね」


「いやぁ」


「あんまり褒めてもいませんが」

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