第163話イース皇国の難15


「ほ」


 と吐息。


 クロウとイズミは茶をしばいていた。


 客間の部屋だ。寛げるスペース。家具も最高級品で、あまりに贅沢。こういうところで「王城なんだな」とクロウに思わせた。


「クロウ!」


 バンと扉が強く開け放たれた。


 現われたのはメイドさん…………の格好をしているワサビだった。


 何事か?


 ちょっとクロウもフリーズ気味。その隣でイズミが忍び笑い。


 他人事の様だ。真っ当に他人事だが。


「お茶を淹れて差し上げます!」


「結構です」


「何でよー!」


「胸に手を当てて考えてください」


「じゃあ!」


 ワサビはクロウの手を取った。


 無刀。


 瞬間、


「――――――――」


 合気でワサビを床に叩きつける。


「何するの!」


 鼻血を出しながら猛抗議。


 色々と台無しだが、もとより幻想も抱いていないので、クロウにしてみれば自衛手段ののちの事。


「いえ、触れると不快なので」


「でも胸に手を当てろって……」


「ご自身の手を当ててください」


「にゃ!」


 ポニュと当てる。


「?」


「そう来ますか」


「あんまりワサビの思考を量らない方がいいぞ。疲れるだけだ」


 イズミは不敬罪ながら茶を飲む。


「みたいですね」


 そこは良しと出来るらしい。


 存外クロウも大物だ。


「クロウ!」


「何ですか?」


「奉仕されなさい!」


 そのためのメイド服。コスプレではなかったか……とはクロウの思索だが、どう考えてもコスプレの域を出ないのも事実で。


「他の人を見繕ってください」


 付き合うだけでも徒労だ。


「にゃあよう!」


「何て?」


「なんでよー! って意味」


 イズミが翻訳。


「で、何が気に入ったのでしょう?」


「顔!」


「身も蓋もないとはこの事ですか」


 南無三宝。


 たしかにクロウは美少年だ。男の娘が出来るくらいに愛らしい少年顔だし、流れる黒の長髪は濡れ羽色と呼ばれる至高の黒。


 なもんで顔でクロウを選ぶ人間は枚挙に暇がない。


「別にアイナやローズも似たようなもんじゃないか?」


「付き合いの深さは違いますけど」


 そこは譲れないらしい。


「で結局クロウは」


「はいはい」


「私が養ってあげる」


「すでに身を捧げた先生がおりますので」


「じゃあ殺してくる」


「……………………」


 スッと体感気温が冷えた。


「冗談だって!」


 焦るワサビ。


 が、実際問題、命の危機だった。


 もう少し弁明が遅かったら、首が胴から離れていたろう。


 チキッと鬼丸が謳った。


「とりあえず諦めてください」


「嫌!」


 この辺は箱入り娘だろう。


 天真爛漫。


 甘やかされた御令嬢だ。


 あらゆる全ては自分のために。


 そう信じて疑っていない。


 自分がまず第一で、他の意見を聞かない……たしかに天真爛漫だろう。


 あくまで誰も逆らえないからそうだっただけで、クロウにこの強制力は適応されない。


「クロウ。クロウ。クーローウー」


「鬱陶しいです」


 さもあろう。


「この程度じゃ諦めてやらないんだから!」


「その情熱を政治に向けてください」


 走り去ってくワサビには聞こえなかったようだ。


「風と共に去りぬ……か」


「本当に大丈夫なんですか?」


「ワサビか?」


「ていうかテリトリーが」


「さてなぁ」


 こと城内でなら、幾らでもワサビの融通は利くだろう。


 偏頭痛の種。


「出来れば刀は抜かんでやってくれ」


「とは仰いますが……」


 どうにも自信の無いクロウだった。


 場合と手段によっては、


「意図しない剣」


 を発してしまうのはサムライの常だ。


「さりとて人の、勘案ありしや」


「情欲に素直って……どうやって育つんでしょう?」


「わがままいっぱいに、だな」


 王制に於ける一つの失敗談。

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