第162話イース皇国の難14


 謁見の間、退室後。


「ねーねーねー」


 ドレスを着た女性が、クロウとイズミを追いかけてきた。ルンと弾むような足取りで。


 謁見の間でもチラリと見た紫色のドレスの女性だ。


 妙齢、少し上あたり。


 若い女性ではあるが、成人だろう。その意味では、幼年幼女ににしか見えないクロウとイズミには、年上のお姉さん系だ。


「イズミ」


「何でしょうか。殿下?」


 そのやりとりで、皇帝の血族とわかる。


「そっちは?」


 クロウに興味を持ったらしい。


「クロウ」


 簡略にイズミが名を呼んだ。


 チャキッと鬼丸が謳う。


「クロウ……素敵な名ね」


「恐悦至極」


「私はワサビ。第一皇女よ」


「ですか」


 不敬に当たる物言いだが、イズミのスタンスを真似していた。


「可愛いね」


「自慢のクロウだ」


「御恐縮」


 恥じ入るクロウ。


「あなた女の子?」


「いえ。性別上は男ですが」


「本当に!?」


 驚くようなワサビ殿下の声。溌剌としていて、大げさに驚いているようにも見えるが、この場合は心底から驚いている。


「ええ」


 頷くクロウ。


「クロウ! 結婚して!」


「嫌です」


 バッサリ切り捨てる。


「皇女命令よ!」


「聞く気もありませんから」


「不敬罪!」


「ですね」


 付き合う気も無いらしかった。


「クロウちゃん?」


 猫なで声に変わるワサビ。


「私と一緒に居れば、幾らでも贅沢できるわよ?」


「血税にあぐらをかくのは何処も同じですか」


 皮肉にしても辛すぎた。


「私の何がいけないの!」


「全部」


 そういう問題でもなかろうが。


「何なら賞金首になってみる?」


「イズミ。この殿下は何なんです?」


「幼年趣味の変態王女。イース皇国ではそこそこ有名」


「ははぁ」


 納得もする。


「もしも拒絶するなら此方にも考えがあるわ」


「拝聴しましょう」


「クロウちゃんの大切な人を……」


 サパッとワサビの前髪が切られた。


 抜いたのはクロウ。


 鬼丸だ。


「何か……見逃し難い言葉を聞いた気がしますが」


「…………」


 チンと鬼丸を鞘に収める。


 爆発的に膂力を溜める。


「小生の大切な人を……なんですか?」


「ふ、不敬罪! 皇女弑逆未遂!」


「言ってしまいますが」


 クロウは気疲れを言葉に乗せた。


「小生、他者のために剣を振るう所存です」


 それは前世の業でもあった。


「ですが第一義に先生への誓いを果たすのが道理」


 当然オリジンのことである。


「諦めるならばよし」


「…………」


 無形の圧力がプレッシャーとなって、ワサビを叩く。これほど濃密な気を当てられたのは初めてのことだったろう。


「手を出すというのなら」


 黒の瞳に、狂気が乗った。


「何なら平家宜しく、ここで血族鏖殺してご覧に入れましょうぞ」


 物騒なこと。


 しかし、それを、


「絵空事」


 と捉えるには、クロウの目は真剣だ。


 本当に、


「鏖殺するまで止まらない」


 その意思を秘めている。


「じゃあ側室で!」


「お断りします」


「皇女弑逆未遂は罪よ?」


「それが?」


「お尋ね者になってみる?」


「此処で死にたいと仰るなら、別段止めはしませんが」


 サラリとクロウは口にした。


「如何?」


「絶対その気にさせてやるんだから」


 ビシッと、クロウの鼻先に指を突き付け、宣戦布告。


「覚悟なさい!」


 そして風の様に去って行った。


「何なんでしょう?」


「それが分かるなら、アイツももうちょっと気楽だろうな。いやまぁ拗らせてるからこんな展開になったわけだが……」


 イズミの言葉には含蓄があった。

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