第2話転生したら異世界でした01
クロウ=ヴィスコンティは自己同一性と世界通念との擦り合わせに苦労した。
ある程度の成長と共に自我が芽生えると、前世の記憶と摩擦を起こしたのだ。
「ええと……」
困惑。
「小生は衣川の館で自刃したのではなかったか?」
源義経と名乗った愚か者の記憶。
その九郎判官の記憶とクロウという自分の同一性が齟齬を発生させている。
会話に支障は無い。
識字やその他の教養も修めた。
が、クロウは義経の記憶を持て余していた。
「自分は地獄に落ちたのではないのか?」
「自分は修羅に堕ちたのではないのか?」
それにしては安穏だ。
聞くに地獄は針の山に串刺しにされたり灼熱に身を焼かれたりされるという。
だがクロウの居る世界は安穏そのものだった……というと少し語弊がある。
安穏ではある。
貴族に産まれたため多少なりとも一般人より相対的に裕福だ。
が、生まれに於いては少し業が深かった。
赤い髪と赤い瞳を以て産まれるのがヴィスコンティの血族の普遍性。
事実、ヴィスコンティの当主である父親は炎を想起させる赤髪であるし、二人の兄も赤い髪と瞳を持っていた。
その後に産まれたクロウは何の因果か黒い髪と瞳の少年として産まれた。
まだ脳が鈍くクロウの理解の及ばない範囲でヴィスコンティの当主は側室に浮気の疑念を抱いたが、クロウが自我を持つに及び、その辺りの事情は解決されている。
そして更にヴィスコンティ家は娘が産まれ華やかになった。
鮮やかな赤。
紅の髪を持って産まれた娘はローズ=ヴィスコンティと名付けられ、蝶よ花よと育てられることになる。
クロウの関知するところでも無いが。
クロウは自身の肉体を顧みて、虎の巻を継承していることを知る。
であるため、幼少の砌より体力作りに腐心する。
剣の理は在っても体が付いてこないため、まずは体力を求めるのは必然だ。
サウス王国の北にヴィスコンティの領地は位置する。
公平な税制度で市民も市場も安定している。
貴族としては中々の振る舞いだった。
閑話休題。
その領地の北に『
曰く、
「人を喰らう鬼が出る」
と囁かれる禁足地だ。
サウス王国における輸出入において、「訳あり」とされる事象ではときに使われる山。
要するに密輸専用のルートが存在する。
もっともその場合ギルドの傭兵は雇えないためフリーランスの護衛を雇うのが常だが、希に鬼ヶ山に入ったきり消息不明というのもサウス王国の主婦の井戸端会議の常になる。
そんな鬼ヶ山をクロウは駆け回った。
虎の巻は既に継承している。
であるため、
「刀を握るのはまだ早い」
それくらいはわかっていた。
「筋力の成長はもう少し身が立ってから」
「とりあえず子どものうちは体力作り」
ということで鬼ヶ山を駆け回る。
そんなクロウにも少なからず憂慮はある。
家での扱いだ。
ヴィスコンティの家では不遇だった。
赤い髪と瞳の血統であるヴィスコンティの家で一人黒髪黒眼。
赤は火を指し、黒は水を指す。
クロウにしてみれば陰陽五行の基礎でもある。
ともあれ一人髪も瞳も違うクロウは兄にいびられた。
「忌み子め」
と。
「お前の血で赤く染めてやろうか」
と。
が、特にクロウは痛痒を覚えなかった。
生前の記憶のせいである。
元より次の道では、
「功に驕ることなく他者のために生きよう」
と決めていた。
兄たちのイジメも父の侮蔑も、それぞれに笑って流す寛容さを持っている。
ならぬ堪忍を鎮めるに苦労がないとも言える。
例外はあった。
妹の存在だ。
ローズ=ヴィスコンティ。
紅色の美少女。
ローズだけはクロウの味方だった。
虐められて尚朗らかに笑うクロウにローズは問うたことがある。
「仕返し……しないんですか……?」
と。
「然程でも無いですし」
いっそぼんやりとクロウは言った。
「特に気にしていない」
「別に兄者に殺されるわけでもありませんし」
前世の記憶では自刃に追い込まれた。
とはいえ頼朝を恨んではいない。
ただ偏に自分が悪かった。
そんな思いがあったため、イジメやいびり程度はクロウの堪忍を越えない。
人が良いとも言う。
「ローズはお兄ちゃんの……味方だから……」
兄の目の届かないところではローズはクロウのために心を砕いた。
「ありがとうございます」
抱きついてくるローズの紅髪を丁寧に手で梳いて慰めるクロウ。
要するに虐められている張本人であるクロウ以上にクロウの立場に心を痛めているのがローズなのであった。
心優しい子であるが、どこか兄に心を仮託している気がクロウにはする。
ところでヴィスコンティの名は魔術貴族と呼ばれ畏れられている。
基本的に魔術は一人につき一つ。
そうクロウは蔵書の拝読で知った。
その時は、
「ふむ」
と呻いただけだったが。
魔術の類についても一通り御大から仕込まれてはいる。
剣術に比べるとあまり覚えは良くなかったが、こちらの世界でも使えるのは確認していた。
さほど大層な魔術でも無いが。
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