第3話転生したら異世界でした02
ヴィスコンティ家では七歳になると魔術の訓練を受ける。
強力な魔術を修め、家名に名誉をもたらすのがヴィスコンティの名を背負うと云うことであった。
二人の兄は火の魔術を示してみせた。
灼熱地獄の再現……というには御大の魔術に比べて貧弱だが、それでも人一人を焼き殺せそうな魔術でもある。
幼い頃より父の火属性の魔術を見て育ったため魔術についての見解が炎に偏るのも致し方なくはある。
父の魔術を見よう見まねで再現し、炎を操る二人の兄を父は慈愛の瞳で見つめた。
「今は未熟だが、それはこれから練度を上げればいいこと」
その通りではあるのだ。
魔術もまた術である以上、研鑽に時間を必要とする。
だが勤勉と努力によって精度を上げることが出来るのも事実であるため、この際息子と魔術の幼さは時間が解決してくれる。
問題はクロウだった。
七歳になって魔術を修めろと言われる。
ちなみにそんな宣言をされる前、クロウは鬼ヶ山を走り回って体力作りに専念していた。
剣の理を修めるための初歩。
父はいい顔をしない。
基本的な思考の下地として、
「魔術は剣術に勝る」
という固定観念を持っているためだ。
剣を構えて突進してくる剣士を魔術の炎で遠くから焼き払う。
であれば剣士は魔術師に勝てない。
なお魔術師は生まれや素養にも影響されるため希少であり、即ち貴族としてのステータスでもあるのだ。
「我は火を念じて形と為す。フレイムスフィア」
クロウの父は差し出した掌から火球を生みだして撃つ。
それは障害物に着弾すると大きな爆発を起こした。
「これが魔術だ。今更論じるでもないがな」
魔術はイメージに追随する。
であれば幼い頃から魔術に触れるのは貴族の嗜みだ。
ヴィスコンティ家の蔵書にグリモワールが多く、なお読んでいる子どもたちを微笑ましく見ていた父は父性愛の象徴と言えただろう。
が、ここでヴィスコンティ家とクロウは隔絶することになる。
「小生既に魔術は使えますが……」
そう言ってのけるクロウ。
「ほう?」
と父。
「見せてみろ」
と言われてクロウは天翔を使ってみせる。
『
要するに天を翔る魔術だ。
龍は雲を足場に天を翔るという。
その延長線上が天翔だ。
雲のみならず水や水分を足場に翔る能力。
要するに空間に足場を作る魔術である。
「馬鹿か貴様は!」
それが父の感想だった。
「我がヴィスコンティ家は炎を操る魔術師の血統だ! 何故に空中を飛び跳ねるだけの矮小な魔術を身につけている!」
激昂。
頭に血が昇って愚息と罵倒する父。
「小生は不器用なもので」
クロウはそう言った。
原則として魔術は一人につき一つ。
それがこちらの世界の通念。
二つや三つも扱う魔術師とているが、それらは天才鬼才と呼ばれる偉人の功績……あるいはエルフなどの魔術に親和性の高い亜人の能力だ。
そのたった一つきりの魔術のキャパシティを、
「宙を跳んで跳ねる」
というまこと攻撃性のない現象に費やした徒労。
少なくともクロウの父はそう取った。
「使えば便利なんですが」
とのクロウの弁論は黙殺された。
元々、
「黒い髪の忌み子」
であったが、そこに、
「火の魔術を使えないデクノボー」
というネガティブキャンペーンが更に付与された。
後は分かりやすい河原の小石。
コロコロと上流から下流に落ちていくように家族から疎まれ居場所を無くした。
「お兄ちゃん……」
味方は妹のローズくらいだろう。
親兄弟がクロウを失敗作と詰る中で、そに心を痛めるローズの心象幾ばくか。
想像するのも労力がいる。
「ローズ。小生に味方する必要はありませんよ?」
幾度となくクロウは言った。
「ローズだけは……お兄ちゃんに味方したい……」
幾度となくローズもそう言った。
人生万事塞翁が馬……とはよく言った物で、これが逆にローズの魔術に対する姿勢に火を点けた。
ヴィスコンティ家は火の魔術を用いる貴族。
であればもっとも炎熱魔術に長けた人間がイニシアチブを握る。
要するにローズはクロウを含める三人の兄よりも火の魔術を高次元で修得し、結果としてヴィスコンティ家における発言力を高めることでクロウの居場所を確保しようと躍起になった。
が、ソレについては此処で論じない。
少なくともクロウの関知するところでは無かった。
元より前世に縛られた能力の持ち主だ。
天翔に始まり京八流や剣護法。
この世界のソリに反する技術の御手。
なおそのことで愛らしい妹が心を痛め、傷ついている。
「またやってしまった」
それがクロウの慚愧だった。
「功に驕ることをしない」
そう自分を戒めたはずなのに天翔を使うことで父を裏切り兄に唾棄され妹を傷つける。
「此処に自分の居場所はない」
そう結論づける。
自分ために誰かの失望を買ったり残念を起こしたりするのはクロウにとっては前世の再現に他ならない。
「結局こちらの世界に於いてもクロウは憎まれ役だった」
そんな自認。
ヴィスコンティ家の寝室。
大きな天蓋付きのベッド。
その寝転がっているクロウの腕の中ですやすやと眠っている妹の頬にキスをして、言葉を残した。
「もう小生に縛られることもありませんから」
と。
妹であるローズがヴィスコンティ家最強の魔術師となればクロウの居場所も広くはなるだろう。
だがそのためにはローズは色々な物を切り捨てねばならない。
それがクロウには許せなかった。
我が身として知っているのである。
兄たる頼朝のために部下も妻子も死の運命に導いた自分の業を。
その修羅の道をローズに歩ませるわけにはいかなかった。
「ではどうするか」
至極簡単だ。
クロウが居なくなればいい。
それだけ。
そして憂慮も思慮も計算外に……ただローズのためだけに場を離れるクロウだった。
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