異世界でのクロウ ~サムライが転生したらチートな件~

揚羽常時

第一話

第1話プロローグ

「功に驕った」


 言ってしまえばそれだけだった。


 源義経みなもとのよしつね


 その最後と果てとの自己結論に於いて。


 衣川の館。


 既にここは敵の手中で逃げ場はない。


「悪あがきも此処までですね」


 既に妻子は殺している。


「悪いことをした」


 殺人は罪だ。


 一谷や壇ノ浦を例に出せばキリが無いが。


 とはいえその業が巡り巡って自身の自刃に妻子を道連れする……というのは義経とて不条理に思う。


厭離穢土おんりえど


 そんな言葉もあるにはあるが、こと義経の業とは関係ない。


 義経が……自分自身で妻子を殺したのだ。


 それ以上ではなく、またそれ以下でもない。


 その罪を背負って自刃する。


 死者に頭を下げても無益ゆえ謝することはしないのだが。


 義経はふと自身の発端を思い返していた。


「兄様のために」


 まだ遮那王しゃなおうを名乗り牛若丸うしわかまると呼ばれていた頃。


「源氏の子として平家を討つ」


頼朝よりともの剣となる」


 自分はそう願っていたのではないか?


 それが心臓に無形の針となって突き刺さる。


「あるいは御大の言葉に従えばよかったのか?」


 そんな思いもある。


 御大は言った。


「源平に関わるな。出家しろ」


 と。


 義経の……遮那王の剣の師にして鞍馬山の主。


 護法魔王尊ごほうまおうそん


 鞍馬天狗くらまてんぐ


 人としての名を鬼一法眼おにいちほうげんと呼ばれる芸達者。


 遮那王として慕った神性。


「鞍馬の御大」


 義経は常にそう呼んでいた。


 そのことを思い出して苦笑する。


 優しくも厳しく……つまり真摯にして真剣に……遮那王に生きる術を教えてくれた偉大なるかな山の王。


 出家して俗世と乖離すれば御大の庇護のもと今頃念仏でも唱えていただろう。


 が、結局義経は元服した。


 遮那王の名を消し、義経と名乗った。


 兄の意に沿って刀を握り平家を滅ぼし奉る。


 一個の研磨された刃。


 御大ならこう云っただろう。


「そんなことのために剣を教えたわけではない」


 と。


 苦笑。


「今頃御大は呆れているでしょうか……」


 妻子を切った薄緑。


 血に穢れた、その剣を自身に向ける。


「死ぬ気か?」


 聞こえたのは義経にだけ。


 衣川の館の生き残りは自分だけ。


 なお敵の兵がそんなことを尋ねるはずもない。


 義経の自刃を邪魔させないために武蔵坊弁慶むさしぼうべんけいが敵を押し留めてくれている。


 我が身を打って、


「決して主君の首は取らせまい」


 と。


 その忠義はまことに有り難い精神だ。


 義経のカリスマの証明でもあるが、同時に義経の憂慮でもあった。


 千剣の弁慶。


 剣護法という意味では義経と良き酒を飲める仲でもあった。


 似通った妖術を持ち、なお義経に最後まで忠義立てする天晴れな逸れ物。


 閑話休題。


 義経の耳にだけ届く明瞭な声。


「死ぬ気か?」


 先述したがそう聞こえた。


 そしてその声を義経は存分に聞き知っていた。


 鞍馬の御大。


 鬼一法眼。


 どんな理屈かはとんと予想も付かないが、元より妖術とはその様なモノだ。


 陰陽五行を理解し操り、天地の理を統べた剛の者。


 虎の巻と呼ばれる兵法の奥義を以て今生最大最強の剣士にして魔術師。


 その深奥を覗くには義経は若すぎる。


 で、あるため如何な手段で御大が自身に声を掛けているのかは、この際論じるだけ無駄だろう。


「御大……」


 自刃直前。


 刃が止まる。


 弁慶に甘えることにした。


 死ぬ前の僅かな時間。


 弁慶の命を使い潰して最後の言葉を御大にかける。


「小生の未熟に御大は気づいておられましたか?」


「まぁの」


 あっさりとした言葉だった。


「であるから言ったであろ? 源平には関わるな……と」


「今も覚えております」


 苦笑……と云うより自嘲の笑みだったろう。


「功に驕り、兄様を裏切り、結果付き従った身内も……妻子すらも死に追いやりました。小生の愚かさは三千世界で天の明星でしょう……」


 何時如何いついかな時も輝く罪。


 これから義経という愚者は……その愚かさを伝説に残す。


 頼朝がソレを為す。


「助けてやろうか?」


 不意の言葉だった。


「?」


 義経はその言葉を吟味できなかった。


 言葉の意味は分かるが、そこに至るまでの道程があまりに意味不明であったから。


「世を忍べば死んでいることと然程変わらんだろう。我ならそれが叶うが?」


「有り難い申し出です」


 思念での会話。


 想いが声となって鞍馬山に通じる。


「けれど小生は罪を贖わなければなりません。そのお気持ちだけ頂戴いたします」


 薄緑の切っ先から血が流れ落ちた。


「小生はきっと地獄道に落ちるでしょう。あるいは戦乱の極地……修羅道にでありましょうか?」


 鬼一法眼……鞍馬天狗は外道であるため六道の何処にも属さない。


 不朽不滅の迷い人。


『あまつきつね』


 と書いて天狗。


 天狗道とも呼ばれる無間地獄。


 その住人だ。


 極めて近く限りなく遠い世界に存在する無法者。


「身にも心にも迷惑を掛けました。地獄に落ちた小生を嘲笑って酒の肴にでもなさってください」


「お主がソレを望むなら構わんよ。だが六道巡りて覚えておけ。六道輪廻から外れた我は見捨てない。修羅道の果てでも九郎、そなたに味方しよう。今は……安心して眠れ」


「畏れ入ります」


 そして義経は自刃した。


 修羅に畜生、餓鬼に地獄。


 どこに落ちるにしても不満はなかった。


 全ては自らが招いた結果なのだから。


 もしも禊ぎを終えて人間道に戻ったならば……、


「その時はきっと功に驕る事なき者となろう」


 それが義経の誓いだった。




    *




 現在いまではない何時か。


 此処ここではない何処か。


 剣と魔法が横行する世界があった。


 その世界のとある王国にて、貴族の側室が子を為した。


 その子……名を、


「爪鋭き者」


 を由来とし、


「クロウ=ヴィスコンティ」


 と名付けられた。

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