第一章 妖精 4

 木々の合間から朧月が見え、遠くで梟の鳴き声が聞こえる。そろそろいい頃合いだと思い、

俺はレッピーを連れて、崖のそばに近づく。

なぜか守衛クルラホーンは一匹もいなかった。周囲を警戒しながら、身を低くして守衛クルラホーンがいた辺りまでやって来た。

「おい、地面に魔法陣があるぞ」

かすかだが、魔法陣を描いた形跡があった。

「きれいな六芒星だわ」

お互い小声で話す。

「アダマンタイトがないのにどうやって、上まで行くんだ?」

ふと頭の中に疑問が湧いた。

「しょうがないわね。見てきてあげるわ」

 レッピーは仕方ないという感じで肩をすくめると、ふわふわと飛んでいった。

俺は当たり前のように飛び立つレッピーの後ろ姿を見つめた。上の方で行ったり来たりしている。

何をしているのだろう。

 しばらくして、興奮した様子で戻って来た。

「ジェームス! 見てきたわ!」

レッピーが大声で言った。俺は慌てて声のトーンを抑えるようジェスチャーをした。レッピーが慌てて自分の口元を抑える。

「あっ!」

左右を見て、異常がないのを確認すると改めてレッピーに尋ねた。

「どうだった?」

「何もなかったわ」

「魔法陣も?」

「魔法陣はあったわ」

「??」

会話がフリーズした。

「だからぁ、狭い踊り場があっただけで、ただの崖だったのよ!」

「それが?」

「ちょっと昼間の状況を思い出しなさいよ! クルラホーンが上に一瞬で移動した後、どうなった?」

「奥に入っていったな……。そうか!! 隠し扉みたいなものがあるんだな?」

「そういうこと」

レッピーは鬼の首をとったような顔をした。

「でも、それなら中に入るための呪文とか暗号があるんじゃないか?」

「そうね。そこが問題なのよ。このままじゃ、私たち中に一生入れないわ!」

「そうでもないぜ」

俺は懐から葡萄酒の入った容器をひけらかした。

「ジェームス、その手があったわね」

レッピーは手のひらをぽんと叩いた。


翌朝。

俺だと体が大きすぎて妖精の洞窟に入れないということで、レッピーが行くことになった。

俺は草むらに隠れて、じっと様子を伺う。

なんとか葡萄酒で釣ることに成功したようだ。レッピーは守衛クルラホーンの一匹について、魔法陣で崖の中腹にパッと移動した。

レッピーに瞬間移動する力はないから、クルラホーンが一緒にいれば条件は満たせるのだろう。

間もなく、洞窟の奥へと二匹が入っていった。

壁は元の崖に戻っている。

レッピーから数時間しても戻ってこなかったら、助けにきてくれと言伝をもらっていた。


……そして、数時間が過ぎた。


果たしてどうやって救出に向かえばいいのやら……。正直、俺は手をこまねいていた。

レッピーと同じように守衛クルラホーンをだましても人間である以上、あの小さな入口からは入れない。

そもそも、あの不思議な入口は異次元へとつながっているのだろうか、それとも入口をカムフラージュするだけで、崖の中に大きな空間が広がっているのだろうか。

もし、違う次元につながっているのならお手上げだが、昆虫の擬態のように見えにくくしているだけなら手はある。覚悟を決めると俺は剣を手に破壊工作に出た。

「ぅおおおおりゃあぁぁぁぁぁっ!!」

突然の雄たけびにびくりとした守衛クルラホーンが矛を構える。しかし、人間にしてみればクルラホーンなど虫同然だ。一撃で叩き落した。

次は入口の破壊だ。

「多分、あそこらへんだろう」

剣を背中にくくりつけて崖をよじ登った。正直、失敗したと思った。登っている最中に中にいるクルラホーンたちが波状攻撃を仕掛けてきたら、この姿勢では反撃できない。

残った葡萄酒を餌におびき寄せればよかった。

「ふっ、過ぎてしまったものは仕方ない。できるだけ早く登ろう」

と思っていた矢先、頭上からクルラホーンの集団が湧いて出てきた。手には小さな剣を持っている。

「くっ、一旦下に降りるか? それとも登りながら迎撃するか?」

目算で数十匹ほど。一旦、下に降りることにした。

「来い!!」

さっと地面に降りて構えをとると、クルラホーンが攻撃を仕掛けてきた。しかし、地上戦が不利と見るとクルラホーンは全て引き上げてしまった。きっと人間は魔法陣で上まで移動できないことを知っているのだろう。

「ふう、次はどうするか……」

俺は近くにあった石ころをたくさん集めて、ひたすら投げる作戦に出た。

「とりゃっ!」

外れた。

「とりゃっ! とりゃっ!」

また外れた。

予想以上に距離がある。弓術も習っておけばよかった。

攻撃が当たらないと見るやクルラホーンたちは崖の中腹に固まり入口を警護した。宙に浮いたまま。


ふいに、俺は「葡萄酒おびき寄せ作戦」を思いついた。

「ここに葡萄酒があるぞー! お前たち酒好きなんだろう?」

俺は妖精でも飲めるよう小さな容器に葡萄酒を注ぐと下の魔法陣の所に置いた。

「さっきは悪かった。これは友好の印だ!」

剣を地面に置いて、戦意がないことを示すと木陰に隠れて様子を伺った。

「おい、いい匂いだな」

一匹のクルラホーンが呟いた。

「だまされるな。あれは罠だゾ」

「でも、剣も地面に置いてあるし、大丈夫じゃないか?」

「そうだな。ちょっと降りてみるか」


二匹のクルラホーンが地面に降りると葡萄酒の容器を両手でつかんで口につけた。

「おい、これはうまいゾ」

「どれ」

「ほれ」

ゴクリともう一匹のクルラホーンが喉を鳴らした。

「いい味だな」

「だろう?」

俺はここぞとばかりにもう一杯、葡萄酒の入った容器を離れた位置にこっそり置いた。

「おい、あそこにも葡萄酒があるゾ」

「おっ、よく見つけたな」

クルラホーンは意外と単純だ。あっさり二杯目の葡萄酒に手を付けた。

「うん。美味しい」

「こんなうまいものを人間は飲んでいるのか」

すっかりできあがっている。その場に座り込んでカードゲームを始める始末だ。

「うまいな」

「これならカードゲームも捗るゾ」

そうして一時間が経過した。


 後ろからそっと忍び寄り、ほろ酔いになった二匹のクルラホーンを鞄に押し込んだ。

朝飯前だった。

一匹ずつ手で押さえながら、腰に糸を巻き付けた。逃走防止である。

そして、腰に糸をつけたまま二匹のクルラホーンを潜入させた。戻ってきたら、さらに葡萄酒をあげると誘惑して。

「行ってくるゾ」

一匹のクルラホーンが俺の方を見た。

「ああ、まかせた」

 なんで飛べるのにわざわざ魔法陣を描いて一瞬で移動できるようにしたのか分からないが、聞かないでおいた。俺は二匹のクルラホーンに巻き付けた糸を握ったまま遠くから様子を伺う。

同じクルラホーンなので難なく潜入できた。

「いいぞ、我が子分よ」

勝手に子分扱いしたまま、俺はただレッピーが戻ってくるのを祈った………。

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一兵卒、レプラホーンに出会う。そして 深山鬱金 @youyi8282

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