第一章 妖精 3
キラーニー部隊は来た道を慎重に戻り、滝を探すことにした。
やがて、かすかに滝の音が聞こえる場所を見つけた。レイク・ミジンコに向かうときは全く気付かなかった。
実に異様な体験だった。
人は意識していないものは記憶に残らないらしい。あると思えば見つかり、ないと思えば一生見つからない。
「キラーニー参謀! 滝の音です!」
先頭にいた兵士も気付いたようだ。まるで引き出しの奥から銀貨を見つけたような騒ぎだ。
「よし、今日はここで野営をする。しっかり体を休めるように!」
参謀が野営の指示を出すと俺たちは慣れた手つきでテントを張った。探すのは伝説のアダマンタイトだ。
あると信じてはいるが、そう簡単には見つからないだろう。楽観主義の俺はひと眠りすることにした。
…そして、妖精に逆ナンされた。
どうせなら、人間の美女に誘惑されたかった。しかも、その妖精はぽっちゃり系で全然、妖精らしくない。さらに翌朝にもう一度来るという。
俺の空想がいけなかったのだろうか……。妖精を創造した地球に怒りをぶちまけた。
「ほら、朝よ! 早く起きなさい!!」
まだ、日が昇ったばかりだというのに妖精が耳元で起床を知らせる。妖精は動物のように太陽に忠実だ。俺は寝ぼけ眼で妖精に話しかけた。
「ずいぶん、早いな」
「そんなことより、あなたラッキーよ!」
「どうしてだ?」
「私はレプラホーンという妖精なの。私をつかまえるとお金持ちになると言われているわ! きっとあなたたちの探しているアダマンタイトもすぐに見つかるはずよ!!」
その根拠のない自信はどこから湧いてくるのか気になったが、ネガティブ志向よりいいだろう。妖精に言われるがまま、俺はそのレプラホーン種族の妖精について茂みの奥へと入っていった。
5分後。
「おい、本当にアダマンタイトの場所を知っているのか?」
「知らないけど、妖精専用のセンサーがあるの。それで探せるわ!」
妖精センサー? 蝶々の触覚みたいなものか?
それにしてもすごい茂みだ。ふわふわと飛べる妖精と違い、俺はダガーで草や蔓を切り分けながら、奥へ奥へと歩を進めた。
これがけっこうしんどい。
体は小さいが飛べる妖精を羨ましく思った。
ようやく茂みを抜けると、少し開けた場所に出た。ジャングルの開拓もここで終わりだ。
いやあ、実にアドベンチャーな体験だった。
前方に目をやると崖がそそり立っている。高さはクランベリー城の一番高い塔と同じくらい。
とても登っていける高さではない。訓練した兵士でも音を上げるだろう。
「あれはクルラホーンね。何をしているのかしら?」
低木に隠れたまま崖の下を指差す。その腕はヒトの赤ちゃんのようにムニムニしていた。
「クルラホーン??」
「そう、ただの飲んだくれの妖精よ」
一見、レプラホーン種族と似たような体格だが、ぽっこりとお腹が出ていてやる気のなさそうなオーラを醸し出している。
宮廷の甘い汁を吸っている太っちょ大臣みたいだ。
「妖精にも酒好きがいたか…」
ふとオーウェン将軍を思い浮かべた。
「あんまり言いたくないけど、あのクルラホーンと私たちレプラホーンは元々同じ種族だったの。でも、クルラホーンはお酒ばかり飲んで働かなくなったわ。そして、嫌気がさした私たちのご先祖様が住み慣れた土地を離れて別の場所へ移り住んだの」
「ご先祖様? 一体、いつから別々に暮らしているんだ?」
「そうね……。少なくとも私のおばあちゃんの時代には分かれて暮らしていたわ」
語気に少し恨みのようなものが込もっていた。きっと小さいころからクルラホーンとレプラホーンの昔話を聞かされているのだろう。
しばらく様子を伺っていると二人の守衛クルラホーンのところに別のクルラホーンがやってきた。
軽くボディチェックをすると少し進んで立ち止まった。
すると、一瞬で消えた。
と思ったら、移動していた。かなり上に。
「瞬間移動か?」
「そうみたいね。きっとアダマンタイトもここにあるに違いないわ!」
あまり信用していないがレプラホーン種族のセンサーが反応しているのだろう。
崖の中腹に移動したクルラホーンは奥へと消えて行った。洞窟の先に何かあるのだろうか。
あそこで暮らしているというより、隠れて作業を行っているように見える。
そうでなければ、守衛を二人も置かない。
「おい、どうやったら、あそこに行けるんだ?」
「そんなの知らないわよ」
隣にいた妖精が耳元で叫んだ。
「じゃあ、クルラホーンに弱点とかないのか?」
「そうね………」
隣にいた一匹のレプラホーンは唇に人差し指を当てたまま考えこんだ。意外と愛らしい。
「弱点かどうか分からないけど、大のお酒好きよ」
「それはさっき聞いたな」
と口に出したところで俺は妙案を思いついた。
「そうだ。この葡萄酒を使おう!」
「ぶどうしゅ?」
俺は懐から携帯用の革袋に入った葡萄酒を取り出した。
「そうさ。酒の一種だ。これで守衛を酔わせて………」
「けっこう卑怯な手ね。でも気に入ったわ!」
まんまるとした妖精に半分、褒められた。
「とにかく、作戦の開始は夜だ。それまで待機する」
「えぇぇぇぇぇ、こんな寒空の下で気高き妖精を放置するのぉぉぉぉ?」
急に態度が変わったが、無視した。
「何言ってるんだ。それより、名前はないのか?」
「妖精に名前なんてないわ! 種族の区別だけよ。何なら好きにつけていいわ!」
「そうか。確かレプラホーン種族だったよな? レプラホーンだから…………レッピーはどうだ?」
「…………………………悪くないわね」
少し間が気になったが、受け入れてくれたようだ。
「俺はジェームスだ。よろしく!」
俺は人差し指でレッピーと握手をした。
「で、レッピー」
「何よ?」
付けられたばかりの名前で呼ばれたレッピーは頬を染めた。
「あのクルラホーンは何か不思議な力を持っているのか?」
「特にないわね。ただの飲んだくれよ!」
「でも、一瞬で移動してたじゃないか? あれはレッピーたちの種族でもできるのか?」
「う~ん、聞いたことはないわね」
「じゃあ、瞬間移動が特技なんじゃないか?」
「きっと違うわ、そうに違いないわ!」
自分よりもすごい特技を目の当たりにしたレッピーは現実逃避をしていた。
「それはさておき、どうやて移動したんだろう?」
「瞬間移動の件は私も気になっていたわ。きっと魔法か何か使っているのよ!」
妄想から帰ってきたレッピーが当てずっぽうを言った。
「妖精って、魔法も使えるのか?」
「聞いたことないわね……」
「もしかして、アダマンタイトか!?」
「あっ! その可能性はあるわね。アダマンタイトを使って、ある動作をすると移動できるとか!」
レッピーはクルラホーン魔法説が消えたことに喜びを感じているようにも見えた。いずれにしろ、もう少し調査が必要だ。夜になったら、瞬間移動した現場へ行ってみよう。
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