コンティニュー

伊勢早クロロ

あなたは生きますか?それとも死にますか?

 ピィッと笛が鳴った。

 なんの変哲も無い笛のだ。

 一歩前進するが、私の番はまだ先だ。

 もう一度ピィッと笛が鳴った。

 さっきよりも平たく聴こえる。

 ただ同時にザッと砂利を踏むおとが、静まり返った空気を振動させた。

 また一歩前進する。

 ふと自分は何故ここにいるのかという疑問が生まれた。

 右を見ても左を見ても人、人、人。

 みな一様に自分のつま先を覗き込むように下を向いている。

 その表情を読み取ることはできないが、腹を抱えて爆笑している者はいない。

 しかしよく見ると中に知った顔があることに気づかされる。

 私は手を上げてその人を呼ぼうとしたが、喉元まで出かかった名前は、口を開いた瞬間にまるで神隠しにでもあったかのように頭の中からすっぽりと消えてしまった。

 自分が何をしようとしていたのかも忘れて、私は隣に倣って黙ってつま先を覗いた。

 ピィッ

 笛のが大きくなった。

 ついに自分の番が来たのだろうか。

 底の見えない崖につま先を引っ掛けると、目の前にはっきりと文字が浮かび上がった。

〈コンティニュー〉

 突然のことに、半ば放棄しかけていた意識が引き戻される。

 なんだって?

 地面を失いかけていた足を慌てて引き寄せる。

 ジャリッという踏み慣れた石の感触に心臓が高鳴った。

 そして思い出した。

 自分の置かれている状況を。


 残り5分。

 画面にはそう表示されていた。

 私は必死に戦った。

 仲間が一人二人と離脱しても、命ある限り戦い続けた。

 盤上はこちらが劣勢だと告げている。

 もっと早い段階で中断する手もあった。

 けれどこの戦いに勝ったら、顔も知らない名前だって借り物のあの人に告白すると決めていたから。

 そんなあの人はエースであることを悟られると集中攻撃を浴びた。

 今は立っているのがやっとのはずだ。

 私には治癒の力がない。

 あぁもっと力があれば…

 なんだっていい。

 力があればこんな惨めな思いをせずに済んだ。

 あの人が右手を挙げる。

 傷つきながらゆっくりと、だが崇高な光を纏って。

 高らかに掲げられた剣先が、真っ直ぐ天を貫いた。

 最後の閃光。

 それを目にした私と、生き残っていた数人の仲間はくずおれるように両膝をついた。

 終わった。

 画面の数字は残り1分を切っていた。


 もう一度辺りを見回す。

 そこにはやはり知っている顔があった。

 今度は名前をありありと思い出すことができた。

 私はその人の名前を呼んだ。

 その人は弾かれたように私を見ると、崇高な光を纏った右手で静かに〈コンティニュー〉の文字を指差した。

 まだ諦めていない。

 そうだ。

 私のこの想いだってそう簡単に捨てられるものではない。

 今度は残り1分を戦い切ってみせようじゃないか。

 そして最後に笑うのだ。


 遠くで歓声が聴こえる。

 天国と地獄。

 現実は地獄のオルフェのような喜劇ではなく純愛だと信じているが、言葉にしてみれば状況はまさにそれである。

 私は唇を引き結ぶと、〈コンティニュー〉のその先に伸びる、ゴールの見えない長い階段へ、一歩、また一歩と踏み出した。


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コンティニュー 伊勢早クロロ @kurohige

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