29.

 喫茶店を出る。

「あ、やべ、俺カラオケに忘れ物したわ。取って来る」

 打ち合わせ通りに、四ツ木部長がいった。

「自転車貸しましょうか」

「俺とお前じゃサイズが合わないだろ。ダッシュで取って来るわ」

「じゃあ、私その辺で待ってるから」

 走り出す四ツ木部長の背に利香先輩が声をかけ、スマホで現在時刻を確認する。

「電車を一本見送ると次は三十分後か……田舎ってこれだから嫌になるね」

 眉尻を下げて微笑む利香先輩マジ天使。尊い……。

「ほんとですね。でも、この三十分なら良い方ですよ。昼頃とかなんて、一時間待ちとかざらですから。あ、四ツ木先輩が来るまで私も待ちますよ。一人だと暇でしょう」

「良いの?」

「はい。駅の東側にある広場にでも行きません? あそこベンチもあった筈ですし」

「そうだね、そうしようか」

 二人並んで線路を越え、駅の東側へ回る。柵越しにホームが見える場所のベンチに落ち着いて、夕日を眺めた。

「四ツ木先輩、引退ですね」

「うん」

 四ツ木先輩は、もう戻って来ているだろうか。約束通り、見守ってくれているだろうか。

 カンカンと踏切の音が鳴って、左手からホームに電車が入って来る。利香先輩と四ツ木先輩が乗る予定だった電車だ。

 それを利香先輩と並んで見送る。

「……私、もう一年早く生まれたかったです」

「どうして?」

「そうしたら四ツ木先輩ともう一年一緒にやれたし、利香先輩と三年一緒に出来るじゃないですか」

 夕日を眺めたまま、利香先輩がふふっと笑った。

「それに、利香先輩と同じクラスになれたかもしれないし、そしたら今よりもっと一緒に居られたのに」

 あの日偶然擦れ違わなければ、彼女の存在すら知らずに高校生活を終えていたかもしれない。もしも部活に入っていたら、演劇部に入ろうなんて思わなかったかもしれない。

 他にも色んな偶然が重なって、俺は君に再び出会えたのだ。この気持ちをどう伝えたら良い?

「優衣ちゃんは、どうして私にそんなに懐いてくれるの?」

 どきり、と心臓が跳ねた気がした。

「……、」

「え?」

 声がつっかえて上手く話せない。利香先輩を見ると、不思議そうな顔をして俺を――「私」を見ていた。胸が詰まる。涙腺が緩む。

 一つ、大きく深呼吸をした。

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