26.
翌日の午後、舞台の時間が迫っていた。体育館のステージ脇で書割や小道具の準備で右往左往する。役者は皆衣装に着替え、舞台用にちょっと派手なメイクをしていた。当然皆目立つ格好なのだが、やはり利香先輩は一際目を引く様に感じた。惚れた弱みだとか贔屓目だとかではない。……多分。
時間になり、ブザーが鳴って幕が上がる。開演だ。客の入りは六、七割に見えた。パイプ椅子が何脚並んでいるか正確には知らないが、多分三百前後という所だろう。大会の出場経験も無い部にしては、その六、七割なら上等ではないか。
ヴェニスの商人を基にした物語は、順調に進んで行く。
俺は衣装替えの手伝いや書割の移動に汗をかきながら、利香先輩の演技を目に焼き付けていた。
「もし血の一滴でも流したならば、お前の財産は法に寄って国家に没収されるぞ!」
もう劇も佳境だ。俺はどきどきしながら舞台袖から利香先輩の雄姿を見詰める。四ツ木部長も今頃、音響・照明部屋から舞台上を眺めている事だろう。いや、顧問の九十九先輩を含めた部の人間みんなが、固唾を呑んで舞台を見守っていた。
「そうして二人は末永く、笑い合いながら幸せに暮らすのでした……」
最後のナレーションが読み上げられる。
一瞬の静寂のあと、ぱらぱらと疎らに拍手が起き、それは次第に体育館中に広がっていった。演者達が舞台上に集まる。両手を上げ、声援に応え、そしてお辞儀をした。一際拍手が大きくなる。
いつの間にか観客は増え、後方には立ち見の姿も見られた。
涙が出そうな程の大成功に、舞台袖に居た他の部員と手を握り合い喜んだ。
拍手がやみつつある中、演者達が舞台袖へと下がって来る。俺は利香先輩に駆け寄って、
「素敵でした!」
と小声でいった。
利香先輩は汗を滲ませながら微笑んで、
「ありがとう」
と笑った。
明日には告白する。利香先輩の笑顔も、もうすぐ見納めなのだと思うと、胸が痛んだ。
それでも、告白すると決めたのだ。例え俺が泣く様な結果になろうとも、利香先輩が苦しむ事になろうとも。
明日俺は、利香先輩にこの想いを伝えるのだ。
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