5.
「優衣ちゃんは役者志望なの?」
帰り際、利香先輩に問われて、ぶんぶんと首を左右に振った。
「私なんかが役なんて、絶対無理です。それより照明や音響に興味があります」
今回は役も裏方も決まってしまっているので、俺が舞台でやるとしたら、大道具や小道具の移動くらいのものだが。
「人前に立つのは苦手?」
利香先輩の問いに、うーんと首を傾げる。
「どうでしょう……弁論大会とかでステージに立った事もあるので、苦手って程ではないと思います。でも、好きかどうかって訊かれると、ちょっと遠慮したいかなって」
「そうなんだ。私は優依ちゃん、舞台映えするんじゃないかなって思ったんだけどなあ」
残念、と微笑む利香先輩に再びノックアウトされた。お世辞だとしても、そんな風にいわれると嬉しくなってしまう。
それじゃあ、また明日、といって利香先輩と別れ帰り道を歩く。
明日の休憩時間は彼女と何を話そうかと考えるだけでわくわくどきどきして、足取りが軽くなった。学校から自宅までは徒歩で二、三十分程かかるのだが、あっという間に家に着いていて、吃驚したくらいだ。
「おかえり、優依。何だかご機嫌ね」
母に指摘され、ぎくりとする。
「……そう?」
と首を傾げて誤魔化して、部屋に入ってからベッドの上で声を殺してじたばたした。
不意に、当初の目標を思い出した。デートに誘う。その為にはラインで日常的に遣り取りをするくらい仲良くなる。その為の足がかりが今日の会話だ。
ベッドから起き上がり、鞄の中のスマートフォンを取り出す。ラインを開いて、利香先輩の連絡先を探し、指を彷徨わせた。
何と送ったものか。
暫くうんうんと唸って、利香先輩を見て演劇部に入った事は話したから、先輩に憧れる後輩路線で行こうと決める。
『練習おつかれさまでした。利香先輩と話せてうれしかったです! 明日もがんばりましょうね』
そう打ち込んで、送信を押す。続けて可愛らしい兎のキャラクターのスタンプを一つ送信して、スマホを置いた。すぐにてけてん、と音がする。スマホに飛び付いた。
『おつかれさま。お話できて楽しかったよ。明日もよろしくね』
文章のあとに、可愛らしい猫のスタンプが送られてきた。有頂天。
更に返信したい気持ちを抑え込む。漸くまともに話したばかりの後輩が、先輩にあんまり馴れ馴れしくしてはいけないだろう。不審に思われる可能性もある。今は我慢の時だ。
明日、部活の休憩時間に話す内容を再び思い描いている内に、俺は寝落ちていた。
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