シノノメのささやかな幸せ

 シノノメは朝起きると、表情一転緊張の面持ちで小箱を開きました。手紙が今日も入っていることに安堵し、密かな喜びを噛みしめました。

 朝、手紙を読んで、読み返しながら着替えて出勤。抜けるような砂漠の青空の下で、自分が空を飛ぶ姿を想像して、ハンガーへ。大学の教授や眼鏡の新婚さんに囲まれて、飛行機の設計図面を眺めたり、新しく改造される機体を眺めたりしてたまに意見を言う。そんな日々です。


--俺は今幸せかもしれない。

 水だけの昼食を取りながら、シノノメはそんなことを言ってカズヒサを気持ち悪がらせました。

--栄養不足ですよ。卵焼きあげます。

--何言ってんだこいつ。まあ、貰っといてやるが。これ、お前の奥さんが?

--卵は産みませんからね。言っておきますけど。ついでにそれだったら僕、食べれません。

--だよなあ。

 シノノメは小箱を見せると、ここから毎日恋文が届くんだよと言いました。

 目を輝かせたのはカズヒサです。

--プリンターが入っているんですね。電源は?

--ねえよ。多分。

--よし、今すぐ分解しましょう。

--バカ触るな! 分解すんな! 壊れたらどうする。

--壊れる前に分解整備したほうが。

--ダメだ、触るな。触ったら絶交だぞ。

 シノノメはカズヒサから逃げるように走って去りました。カズヒサはその後ろ姿を見て、腕を組みました。


--これだから技術屋は嫌なんだよ。

 シノノメはそう言ってかまぼこ型ハンガーの外壁に背を預けて座り込み、箱を開けずに今朝届いた手紙を広げて読みました。

”ごめんなさい。髪はまっぐ×すぐじゃなくてくるくるです。肌も日焼けしています。腕もあまり細くはありません”

”でも、嫌いにならないで。好かれるようにがんばります”

 シノノメは参ったなあと嬉しそうに笑うと、便箋にそんなこと気にするわけがないだろと書きました。

 自分の書いた手紙を読み直すうちに、慌ててハンガーに走って行く学生を見ました。緊急事態のようでした。


--どうした。

--また猟奇殺人だ。同じ顔の殺人者らしい。

 シノノメは小箱をポケットに入れると、またかよと呟きました。今日で一四件目。最近ではかなりの騒ぎになりつつありました。

 規模の小さい地域警察が音をあげて、空軍の基地に助けを求めたのはその日の夜のことでした。シノノメはテスト機が完成する間は暇ということで、基地警備用の銃を持たされて、見回りすることになりました。


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