リチャードの延命
--燃やしてくれ! 何もかも!
ケイフ先生はそう言って、どこからか掘り出した手紙を破り捨てましたが、数秒待っても何も起きないので怪訝そうな顔で上を見ました。
頭上を飛ぶ、長い角の竜鎧を着た竜が旋回しています。
--え、え? 何が起きたの? エリダイナさん、早くバビロニア焼かないと!
--人間はなんでも急ぎすぎです。状況が変わりました。共和制バビロニアについては歴史改変の原因が不可抗力であったとし、現在その扱いについて、竜の皇帝が審議を行っています。おそらく、罪一等を減じることになるでしょう。
--何を悠長なことを言っているんだ!。今、刻一刻と歴史の乖離は大きくなっているんだよ! このままじゃこの世界そのものが螺旋からはじきだされてしまう!
ケイフ先生は絶叫するように言いましたが、エリダイナと呼ばれた竜はほっそりした首をぷいと振りました。
--竜に説教しないでください。人間さん。分かっていますよ。世界の連続性が失われて困るのは遠い未来に生まれてくる我々です。
そしてエリダイナは、ケイフ先生をぱくっとくわえてまた上昇をはじめました。
--ちょ、エリダイナさんっ!? 口の中は若干官能的だけど今はそんな状況では!?
エリダイナは吐き出そうな顔をしたあと、あっけにとられているリチャードとリベカを下側の二つの目で見ました。
--臨機応変って言葉を知らない人間を銜えているので念話で失礼しますね。私は竜のエリダイナ。時の終わりにて時を待つ種族の者。まだ幼いあなたたちに、一つ言葉を贈りましょう。
エリダイナは八つの目を見開いて時空を超えた何かを見ました。
--リチャード、全部を失ったせいでどんなものも打ち破ってしまう呪われた者よ。あなたは二つの道を選ぶことになるでしょう。竜に焼かれるか、女に刺されるかです。
--趣味的には後者だが。
間髪入れずに言ったリチャードの脇腹をリベカは肘で刺すと、エリダイナを名乗る戦闘竜を眺めました。勝てるかどうか、計っているようでした。
--リベカ。はるか東に、男を女に、女を男にする薬があります。
--竜の言うことは信じるなってね。
--竜が語ることは全て真実。でも、虚妄の中に生きる人にとっては、それは毒です。あなたの兄のように。
リベカが投げた剣をエリダイナは擬瞳のレーザーで消滅させました。
--私は敵ではありませんよ。少なくとも、今はまだ。いずれ、貴方たちは世界から追放されるでしょう。
--竜が追放するんじゃないの?
リベカの言葉に、エリダイナはケイフ先生を銜えたままもごもごしました。微笑したのかもしれません。
--竜は世界を統べますが、だからと言って何もしません。生きる以外は。
エリダイナはまずいものを食べている顔をすると、そのままどこかに飛んでいきました。
説明してくれと言うリチャードをよそに、リベカはエリダイナの飛んだ空を見続けました。
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