竜の巣
翌日になると、ルグウェール先生とともに竜の巣を目指すことになりました。
静日がどこに行けばいいのだろうとクェースの頭を撫でながら考えていると、ルグウェール先生がゆっくりと馬手を上げるのが見えました。
次の瞬間、空気が震えたと思ったら頭上に大きくて立派な竜が出現しました。大きさは三〇mほど、翼は折りたたみではなくて三角形を切欠いたようなクリップドデルタ形式、総排出口ではなく、推力発生孔を四つ持っていました。八つの目が大きく、ばらばらの場所を見ているのが下から見上げていても分かりました。
--立派な竜……
--突然現れた事よりもそれを先に口にするかね。
ルグウェール先生は楽しそうに笑うと、竜は時や世界を渡れるんだよと言いました。
--紹介しよう。私の若い友人であるエリダイナだ。
--お初にお目に掛かります。私はエリダイナ。竜の協力者、静日さん。喋るのが得意ではないので念話で失礼しますね。
--竜が喋った!
静日は興奮しすぎてクェースの背から転げ落ちそうになりました。
クェースが首を伸ばしてバランスを取らなかったら、大変なことになっていたでしょう。エイダイナはころころと念話で笑いました。
--あら、人間にできて竜にできないことはありませんよ?
--背中を掻くとかはできんのじゃないかな。
ルグウェール先生が横から言うと、エリダイナは八つの目のうち七つまでをルグウェール先生に向けました。どうもそれは、竜にとってにらみつける為のようでもありました。
--ははは。まあ行こう。世界の飛び方は、今クェースが覚えたはずだ。それと、エリダイナは竜としてはさほど立派ではないよ。まだ竜鎧を着けたばかりさ。
--竜、鎧ですか。
--竜が付ける鎧で竜鎧さ。
ルグウェール先生はそう言うとエリダイナの背に乗って飛びました。
クェー……スと、しょげたように声をあげるクェースを撫でて、静日は大丈夫大丈夫と声を掛けました。
--大きさなんか気にしないでいいわ。翼が小さくても飛べるじゃない。言葉がなくたって、わかり合えるよ。
静日が慰めると、クェースは大きく頷いて滑走に入り、空に飛び出しました。
次の瞬間には、もう別のどこかでした。
周囲は見渡す限りの断崖絶壁です。直径は五〇〇mほどでしょうか。静日はここが縦穴であることに気づきました。
いつまでもいつまでも穴は垂直に伸びており、エリダイナは音もなく降りていました。
--下に行ってみよう。
静日が言うと、クェースは翼を畳んで垂直降下をはじめました。
片腕でしがみつけたのは数十秒というところです。
静日は宙に放り出されました。
静日は悲鳴をあげようとして、クェースが心配ないよという風に寄り添って降りているのに気づきました。
どうやら穴のそこまでは随分とあるようです。
静日は、笑うと、スカイダイブだねとクェースに言いました。
どれくらい穴を落ちていったのか。クェースは器用に翼を広げて速度を調整すると、静日を背に乗せて滑空に入りました。地の底に着いたようです。
暗くて良く分からないと静日が目を凝らしていると、エリダイナが口から小さな火を噴いて周囲を照らしてくれました。
--わぁ、ありがとうございます。
静日が言うと、エリダイナはいえいえと返事しました。
クェースはどう思ったのか。すぐに火を噴いて周囲を燃やす勢いで照らしました。背を撫でられるまでやめませんでした。
地の底は、崖一面に樹のような絵が描かれていました。
--さあ、もう少し歩いてご覧。
低くて素敵な声に誘われて、静日とクェースは樹の絵の根の方へ向かっていきました。
--系統樹……かなあ。
静日は学校の授業を思い出しながら歩きました。文字が分からないので、なんの系統樹かまでは分かりませんでしたが。
それで、どれくらい歩いたか、静日はついにその場所までたどり着きました。
樹の絵の根元には玉座があり、その玉座を守るように途方もなく大きな竜が一匹、寝そべって読書をしておりました。
小さな丸眼鏡を掛けて、器用そうに前脚で手紙を読んでいいるのです。静日はクェースと顔を見合わせました。
--来たね。最も新しいドラゴンシンパシーよ。ここが世界で一番陰気くさい場所、地の母の子宮だ。
先ほどの低くて素敵な声は、この竜の声だったようでした。静日はギャップが面白くて、少し笑ってしまいました。
--なんの手紙を読んでいたんだね。
ルグェール先生の声に、大きな竜は器用に眼鏡を外して息を吹きかけました。小さな布で眼鏡を拭いています。
--緋璃とかいう者だね。エースという良く分からない団体を名乗っている。お詫びと相談のようだ。久しぶりに解読に時間が掛かってしまった。
--ほう。君が知らない言葉なんて、違う銀河か何かから来た宇宙人かね。
--宇宙竜かもしれんだろ。まあ、それはともかく、中札内静日さん、楽にしてくれ。ちなみにこちらが寝そべっているのは首が痛くなるだろうという配慮で礼儀を知らないわけではないよ。
--こいつはトリトン。ぼやきのトリトン、あるいは一言余計なトリトンだ。竜の長老だね。
ルグェール先生はそう言って物珍しそうに手紙を見ています。トリトンと呼ばれた大きな竜は、少しだけ身をよじらせました。
--長老というと、年寄りくさいだろう? 竜の皇帝トリトンとでも呼んでくれ。もちろんトリちゃんでもいい。
--と、トリトンさんで。
立派な竜に比べて片腕の自分が恥ずかしく、静日はクェースに隠れてそう言いました。
--いいとも。ではトリトンさんだ。実は君に会いたくてね。
--なんで……ですか?
静日が尋ねると、トリトンは優しく目を閉じました。
--理由はないな。しいていえば、竜と仲良くしてくれて嬉しい。大きな戦いが起きてから、ドラゴン・シンパシーはすっかり少なくなってしまった。三億世界にもう数百もいないだろう。
--他にも私のような子がいるんですか。
--いる。生きている間に会えるかどうかは分からないが、まだ、いる。
まだ。
静日は胸の奥が寒くなるような気がしました。
ルグェール先生が頭を傾げています。
--オイラーだね。これは、解読したら0と1しかないんじゃないか?
--美少女と会話をしてるんだから太鼓でも叩いて盛り上げるところだろう、ルグウェール。
--そうそう、こいつは見栄っ張りのトリトンでもある。恐縮などしないでいいよ。
ルグウェール先生はそう言うと、トリトンを見上げました。
--少し、長い話になる。
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