新歌集より 静日の夜休み

 空から帰ってきた”隻腕の”静日とクェースの帰りを待っていたダ・ルグウェールは優しく微笑むと、今日はお休みしなさいと言って一人と一匹を休ませました。

 それで静日は午後一杯を使ってクェースの淡い金と銀の身体を布で拭いて、ピカピカに磨き上げて今日の頑張りをねぎらいました。

 もっとも、触られるのは嫌いでなくても、磨かれることに価値を見いださないのがクェースです。磨かれた次の瞬間にはばたばたと暴れてすぐ土で汚れました。


 夜、と言っても裂け目を覆うドーム屋根が展開された時間ですが……教会の外で丸まったクェースを背に毛布を巻いた姿で寝ようとする静日に、ルグウェールはカンテラを持って姿を見せました。

 苦笑して皺深い口を開きました。

--なぜ屋根の下で眠ろうとしないんだね?

--屋根よりも、こっちの方が安心します。

 静日の言葉に、ルグウェールは少し悲しそうに微笑みました。たまにクェースがつまむ薪を積んだ場所に腰を下ろし、ルグウェールはカンテラを横に置いて口を開きました。

--いつか、恐怖が癒えて屋根の下で眠れるように願うよ。

 静日は笑いました。

--屋根の下って、そんなに良いところでしたっけ。

--まあ、人間はずっと屋根の下で暮らしてきたね。静日くん、君はまるで竜のようだよ。

--竜じゃありませんよ。でも、人間っていうものが良い物だとも思いません。

 クェースが寝ぼけ眼を開けて眠そうに静日の横顔を見ました。静日に撫でられると、すぐに目を瞑って眠りに落ちていきました。

--竜が寝る、とはね。

--普通は寝ないのですか?

--寝ないなあ。おそらくは君の活動時間にあわせて活動を抑制しているのだろう。おかげで消費する質量が少ないと思われる。

--そうなんですか。確かに小さい頃は夜中にも動き回っていました。

 少しの沈黙のあと、静日は背をクェースに預けてそっと口を開きました。長くなってしまった髪を煩わしそうにおしやりながら。

--私、こっちに来たとき片腕をなくしたんです。その前は、怖い人に襲われました。

--そうか。

--でも、いいかなって。腕を失したことも、この子に会えるためだったと思えば。いいかなって思えます。

 クェースは再びちょっと瞳を開けると、クェー……スー、と言いました。その鳴き声に慰められたような顔をして、静日は微笑みました。

--ルグウェール先生は、なぜ竜の事を教えてくれるんですか。

--竜に頼まれたからだね。

--竜に?

 静日は身を乗り出しました。ルグウェールは微笑むと授業のように指を振りました。

--そう、古い友人の竜に頼まれてね。私はかれこれ三〇〇〇年以上主観時間で生きているが、その過半を竜たちと過ごしてきた。

--他にもいるんですね。

--いるね。竜が飛べるようになったので、連れて行ける事になった。古い友人も会いたいと言っている。

--行きます。私、他の竜がどんなものか見て見たいです。

 静日の言葉にルグウェールは笑って頷いてくれました。


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