新歌集から クェースの初飛行
惑星の自転が停止して、永劫の昼間に覆われた星に、狭間の谷と呼ばれる砂漠化した大地の裂け目があります。
裂け目は影になっていたせいで底にはまだ水があり、草や木々が生き残っていました。
この場所は、かつて戦略級大妖精や大太郎法師たちが絶技を使って戦いあった場所の一つであり、一本の剣の力で切り開かれた裂け目であると言われています。
<正しき竜の教会>は、この場所にありました。細い光が頭上から来る、花に包まれた小さな教会です。二階建てで部屋四つにキッチン一つです。礼拝堂は小さな竜の置物が一個あるだけで、だいたいはネコリスたちの遊び場になっていました。
<正しき竜の教会>の従司祭見習いであるトーリにこの場所に連れてこられた静日は、ここで人間の目を避けて竜を育てることになりました。
--あの、竜のご飯は……
--あちこちに擱座している人型戦車あるんで、それをあげますよ。
--え、この子戦車食べれるんですか!?
静日が言うとトーリは遠い目をしました。
--このサイズで自然物を食べようとすると、おそらく土を食べてアースドラゴンになるとかしない限りは自然環境を破壊してしまいますよ。
そう言われて静日は納得しましたが、戦車を食べてお腹を壊さないだろうかと、ちょっと心配になりました。自分でもちょっとかじってみようと思いましたが、文字通り装甲板に歯が立ちませんでした。
--おいしい?
気にせずはぐはぐ食べているクェースに話しかけると、クェースはうんうん頷いて、かみ砕いて静日に分けてくれました。結局それでも静日は食べることができませんでしたが。
いつも同じものを食べていたので、静日はちょっと傷つきました。
それから竜についての授業がはじまりました。竜を育てるための知識の伝授です。静日に教えるのはダ・ルグウェールという眼鏡の紳士で、ケイフ先生の師でもあるという話でした。
静日は熱心に、なかでも竜の飛行の仕方について熱心に学びました。クェースと一緒に空を飛んでみたいと思ったからです。
--竜も飛行機も同じだよ。飛ぶ、という技術に大きな差はありゃせん。
ルグウェール先生はそう言って静日に飛行機の技術を教えました。
--竜は模倣機械、あるいは自己改良機械の最高峰でもある。必要であればどんな機能も模倣できる。だから、ドラゴンシンパシーは機械の仕組みに詳しい方がいい。知っていれば竜に教えて改良できるからのう。
ルグウェール先生は遠くを見ました。
--竜は人間の産み出した知識や技術の継承者でもあるのだよ。
--継承っていうと、人間は死んじゃったみたいに聞こえますね。
静日が言うと、ルグウェール先生は微笑むだけで何も言いませんでした。
勉強の合間に、クェースの世話をするのが静日の日課になりました。傷が塞がって、良かったねえと話をしていたら、動き回らないで食べる事ができるので、足が短くなっているのを見て、散歩の許可を貰いました。
--この子、すぐ足が短くなったり丸々とする……
それはかわいいと思うけど、なんか違う、ということで散歩をして脚を鍛えました。
三〇日もすると、飛ぶ準備ができました。
静日は飛行服として渡されたツナギを来て、みっともなく揺れる右腕の袖を縛ると、クェースの背に跨がりました。クェースはしばらくの間にまた大きくなって小さな前脚は大きくなって翼のようになっていました。軽作業というか絶技詠唱用の腕が生えるか、生えないでワイバーンと呼ばれる形態になるのかは、まだ分からないという話でした。
--今日は飛べるかな。
静日が言うと、クェースは自信なさそうにクェー……スーと言いました。静日は竜の背にすりすりして、大丈夫大丈夫と言いました。
それで、クェースは走り出しました。水に入って盛大に飛沫を上げながら、翼で羽ばたきながら水中を走るのです。
--もっと早く。大丈夫、怖くないよ。翼はじっと、そう、広げたまま。
静日が言うと、クェースは後ろ足の爪の間に水かきのようなものを展開して、水の上を走りました。固定した翼が、風を捕まえて膨らむのが静日には見えました。
次の瞬間、静日とクェースは飛んでいました。まだ滑空だけでしたが、それでも静日はやったと言ってクェースの上で喜びました。
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