新歌集から ヨシュアの追放

 ヨシュアがミサキを家に連れて帰ると、そこは予想以上にひどいことになっていました。

--家と言うよりも廃墟だな。

 竜の言葉にヨシュアは怒りましたが、たしかにそうでした。

 家は傾き、柱はへし折れ、窓は割れ、池はまだ黒い水を湛えていました。

--泉が穢されている。

 ヨシュアは浄化しようと聖句を唱えようとして、竜から止められました。上空から竜が翼をはためかせ、ゆっくり降り立ったのです。

 ミサキと猫たちを背に入れて、ヨシュアは光の槍を手の中に出現させました。

--その泉を正すのは、もう少し待たねばならない。

--どういうことだ。

 竜は八つの目の内、上面の目を頭上に向けました。

--お前の処遇を決めねばならぬ。

--竜に決められる筋合いはない。

--そうはいかぬ。その泉を浄化すれば、お前はこの世界から離れられなくなる。移動手段がなくなるからだ。

 ヨシュアは自分が池から出てきたことを思い出しました。

--その時はこのように穢れていなかった。

--いいや、穢れていたのだ。だからお前がここに現れた。世界に追放されし、穢れの騎士よ。

--穢れなどと。

 怒ろうとして、ヨシュアは水面に映った自らの顔と、ひいては自らが故郷でやってきたことを思い出しました。

--思い当たる事があったろう。

--そんなものはない。

--黙っていたが、竜は本当と嘘を心の中の言葉で聞き分けることができる。お前は思い当たった、そして納得した。

 ヨシュアは怒って光の槍を向け、竜は竜の炎を口の中に出現させてそのまま動きを止めました。

 沈黙すること幾許か。先に構えと解いたのは、槍を消したヨシュアでした。

--私は妖精を殺そうとは思わない。この国もだ。

--そうはいかぬ。お前の心がどうあろうと、お前の存在はこの世界を危うくする。お前はそこの娘を殺す、お前はこの地を跡形もなく破壊する。

--それは竜が、そなたが焼こうとするからだ!

--それもある。だがそれが一番この世界の傷が少ないのだ。

--信じられぬ。

--信じる必要はない。理解すれば良い。ほどなくお前を狙ってまた何かが起きる。いや、お前が行き続ける限り、延々と起こり続ける。破壊が、死が、消滅がとめどもなく起きる。そしてそこの娘は、お前よりずっと早くに死ぬ。今回はうまくいった。守り切った。だが、次はどうかは分からない。

--私に自殺をさせて神の世に行かせぬつもりか。

--自殺をせぬ方法がある。

--なぜもったいぶる。

--人間は話を急ぎすぎる。そこの泉からお前はこの世界から去る。しかる後に我はその泉を正そう。行った先でまた数ヶ月以内に泉から別の世界に渡れば、運命から逃れ続ける事ができる。

 ヨシュアは竜の顔を見ました。もとより竜の表情など分かるわけもありませんでしたが、ヨシュアは竜が正しい事を言っているであろうとは理解しました。

--竜よ、この国をお前が攻撃せぬと誓いを立てるなら、私は甘んじて追放を受けよう。

--誓おう。我を育てた娘の名にかけて。

--分かった。

 ヨシュアが泉に飛び込もうと水面を見ると、マントが引っ張られました。ミサキ、でした。

--その娘は、夕飯はカレーだと言っている。

--カレーとはなんだ、いや、それはいい。別れの言葉を言うので、それを伝えてくれ。

--今日くらいは移動せぬとも良いぞ。

--だから、なぜもったいぶるのだ。


--人間は話を急ぎすぎる。

 竜はそう言いました。

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