新歌集ならびに外つ歌より ケイフ先生の180秒

 ケイフ先生はギリシャの幾何に魅せられた貴族でした。日がな一日地面に図形を描いては、高い金でエジプト経由で購入したギリシャの羊皮紙巻物、そこに書かれた問題を解いては名高い数学教団に入りたいものだと夢想しておりました。

 仕事もせずにこうでしたから、当然、身を持ち崩しました。ところがそれに気づくのに数年かかるような有様です。彼は大変な図形問題であるところの七角形が螺旋を描く問題を数年掛けて取り組んでおり、ようやく解いて周囲を見渡したら、大変な借金をしていた、と主張しました。


 ケイフ先生は今後も毎日幾何をやるために、お金を稼ぐ必要に迫られました。


 幾何と算術は得意でも、それ以外はからきしのケイフ先生は、すぐに怪しい儲け話に手を出し、怪しい連中と付き合いだしました。まともに働かないで財産を得ようという連中です。いや、いまやケイフ先生は、立派なその一員になりきっていました。皆から先生と呼ばれて怪しい連中の頭目に祭り上げられる有様です。


 彼は自らを怪しい連中ではない、夢追い人であると主張しました。誰も受け入れないでも言うだけは出来る、というのが彼の持論ではありました。


 ともあれお気に入りの計算表や苦労して解いた幾何問題の証明を入れ墨にして、ケイフ先生は意気揚々と金儲けのためにあちこちを旅することにしました。借金取りから逃げるついでの話です。

 ある時彼は、怪しい新興宗教……と言っても三千年近くも前の新興宗教ですから、今から見ると古宗教……である<正しき竜の教会>のトーリから、竜を捕まえれば大金持ちですよと教わりました。


--ほんとかい?


 今年一番の輝く笑顔でケイフ先生は竜を捕まえることにしました。大抵の仲間はその話を聞いて逃げ出しましたが、逃げ遅れたか、頭のネジが外れているか、そもそも前後不覚だったかの数名がついて来て、かくて竜の目撃情報を集め、痕跡を拾い、そうしてついに、惨劇の場面に出会うことになりました。


 竜の炎が、周辺の全てを焼き尽くす現場です。足下には片腕の娘が一人倒れており、踏み潰されてしまうかもしれない状況でした。


 ケイフ先生は娘を助けるために竜を殺す計算をしようとしました。腕に彫り込まれた計算表を見ようとしたところで別の入れ墨に目が行ってしまい、そのまま動きを止めてしまいました。


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 ケイフ先生は、七角形が螺旋を描く問題が間違っていると直感したのです。


 正しい答えは……

 次の瞬間、黄金色に踊る文字がケイフ先生の瞳の中に打刻されて、膨大な情報が問題から自動展開されてケイフ先生の中に流れ込んでいきました。


 その中でケイフ先生は娘が静日であり、竜はクェースであり、近くでパラパラとする音はシープホーンを吊り下げたヘリコプターの音であり、自分が自動的なものであることを完全に理解しました。世界が世界を守るために動き出す自動的なものとはまた違う、人が、人により、誰かのために戦うためのプログラムが自分を徴募していると理解したのです。


--それは全能の代理を徴募せし物言わぬ機構……。


180

179

178……


 ケイフ先生は雷に打たれたように伏せて紫外線レーザーを防ぐと、そのまま走り抜けて娘を助け、治癒魔法を見せて竜を安心させて森に逃すと地を焼き払おうとする天空のシープホーンが上を向くように仕向けました。

 己の出したレーザーでヘリを爆発させ、シープホーンが墜落死するのを確かめると、残る20秒で静日の頬にそっと触れました。


--祝福を。希望はある。何度でも助けよう。それは悲しみを長引かせるだけかもしれないが、それだけではないと思うから。


 ケイフ先生から目の中の黄金が失われました。彼は今一要領を得ない顔でおとなしくなった竜を眺めると、これはこれで! と言いました。

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