竜のチェイス飛行

 砂漠の滑走路に置かれた疾電改造のテスト機はこれがまた、中々動きませんでした。地上滑走だけのテストなのに、地上滑走が出来ないというありさまです。

 テストパイロットのシノノメ・ナガトはそろそろを出力を上げた後、五割まであげても動き出さない飛行機の中で、喚き出しました。

--動かないぞこれ。

--離陸後はシミュレーションしているんですけど、地上の方は脚の強度計算しかしてないんですよね。脚は強化してダブルタイヤにしてありますよ。

 後席のカズヒサののんびりした声に、そんなことは聞いてないとシノノメは喚きました。朝早くから起こされて、綿密に打ち合わせしたあげくにこれ、という事で、腹を立てていたのです。

 それで、思わず出力レバーを最大まで引き上げてしまいました。ちなみにシノノメの所属する空軍は出力レバーを前方に押すことで出力を上げますが、海軍ではレバーを引いて下げることで出力を上げていました。この違いのせいで両機種を扱う際に事故が絶えなかったといいます。


 ジェットエンジンの回転を上げてミリタリー出力、即ちアフターバーナーを利用しない状態での最大出力にすると、機体はようやくゴトゴトと動き出しました。

 バブルキャノピーから見える全周の風景が流れだし、その速度がどんどん速くなります。シートが押しつけられ、Gで眼球が歪み、風景も歪みます。

--やった動いたか。

--機速早すぎます。

--なんとかなる!

--ブレーキ強化してないんですよ。 オーバーシュートします。


 滑走路を越えてしまうことがオーバーシュートです。オーバーシュートすると、大抵の飛行機は壊れます。草地やでこぼこのあるところでの運用を想定していないためです。最悪脚を取られて転倒や前転することがありました。


 冷静なカズヒサの声に、シノノメはうるさい黙れと言いながら操縦桿を引きました。機体壊すよりも飛んだ方がいいと思ったのです。が、飛びませんでした。


--浮かばない! やばい!

 シノノメが何度目かの喚きちらしを始めると、カズヒサは眉も動かさずにアフターバーナーを点火しながら離陸用のロケットの噴射スイッチを押しました。 滑走路に長大な焼け跡が残ります。

 キャノピーから周囲の風景が消えて、青空だけが見えました。この瞬間、機体は宙に飛んだのです。

ロケットの補助を受けて通常の推力軸線とは違う力を受けて機体が浮かび上がりました。

 ほぼ垂直に飛ぶ疾電の操縦桿を握りながらカズヒサは、そのまま機体を軽くロールして機体の重量特性を確認しました。


 ようやく前席のシノノメが、何が起きたか事実を理解して喚き出しました。

--お前! 操縦すんなと言ったろう!

--機体壊したくなかったんでしょ。 コントロール返します。ユーコピー?

--くっそ、くそ。アイコピー!

--いや、待ってください。

--なんだよ!

--左。


 カズヒサの声にシノノメが左を見ると、そこにはどこから来たのか、竜の姿が見えました。平行するように翼を広げて面白そうに八つの目を動かして疾電を見ています。


--教授の夢がいきなり叶いそうだな……

--何を言ってる! 刺激しないように降りるぞ!

 カズヒサは眉一つ動かさずにロケットブースターのスイッチ四つを次々に跳ね上げました。

 おまっ、と叫ぶシノノメに、首折れるんで前見ててくださいと言い、カズヒサは衝撃に備えました。


 四発のロケットブースターが点火しました。接続金具を引きちぎりそうな勢いで推力が増し、機体は跳ね上がるように速度を増しました。遠く地上まで音速の壁を破るばりばりという音が響き、基地司令はうっかりパイプを床に落としてしまいました。


 青い空の中、竜より速い速度で、白い飛行機雲を引いて疾電が飛んでいます。

 寮で洗濯物を干していたアビーにも、その光景ははっきりと見る事ができました。


 教授がやったぞと両手を挙げた瞬間、竜は尻尾の下の推力機関からオレンジ色の火を見せると、増速。すぐに追いつくと、そのまま引き離してはるか彼方に飛んでいきました。


--すげえ。

 シノノメのつぶやきに、カズヒサは何も言いませんでした。


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