バビロンの戦後処理
バビロンは喜びのさなかにあり、それまでの奴隷と貴族が互いの肩を叩いて健闘を讃え合うような状況でしたが、その主役と目されるリチャードは、それらの喧噪とは遠いところにありました。
--早い内に逃げ出さないといけない。
リチャードの言葉に、宴会をしていたセトカやリベカが一斉にリチャードの顔を見ました。
--逃げ出す? なんで?
質問に対して、リチャードは静に呟きました。
--すぐに争うから。皆で協力してあたる敵が死ねば、すぐに相争うのが人間というやつだ。近い未来に仲間割れして主導権争いが始まる。そして今度は神、という力で支配することも出来ないから騒ぎは前より長期化し、泥沼化するだろう。
--リチャードを王にしようと皆話をしていたよ。
セトカの言葉に、リチャードは微笑みました。
--興味はないな。せっかくの自由だ。王には誰かなりたいならなればいい。コンラッドはどうだろう。
--猫に王冠は似合わない。リベカはどうだ。
--そういうの飽きた。
--ではきまりだ。
話はそれで終わり、だったのですが、あわててセトカが止めました。
--待って、待ってよ。それじゃあ皆、不幸になるためにがんばったの? リチャードは皆を不幸にするために戦ったの?
--そういうわけではないんだが。
--じゃあ、責任持ってどうにかしてよ!
セトカに言われてリチャードは顔をしかめました。貴族としての責任をとり続けて弟も陥れ、目を悪くし、財産もなにもかも失っていたので今後無責任に生きようと思っていたのですが、中々うまくはいかないのでした。
それで、リチャードはバビロンの人々を説得して共和制を敷きました。奴隷を解放し、国庫の会計に複式簿記を導入、透明化し、神なき神官を実権なき王につけ、貴族達と庶民達で議会を作り、それで運営するようにしたのです。貴族を残したのは潰せばまた問題が起きると判断したためです。
--これからは、会計が神であり、審判になる。
夢も希望もないことをリチャードは言いました。実際、会計の透明化、公開化と、それに対する議論こそが英国貴族リチャードの考える民主主義の根幹だったのです。誰にとっても等しく価値が分かるお金の使い道を話し合う、それが議会であり、他は全部それに付随するという考え方です。立法すらもお金の使い道を決めるための道具に過ぎないという徹底した英国主義のもと、予算委員会が一番重要と見なされる議会がまた一つできることになりました。
--会計が神って!
リベカは腹を抱えて笑い転げ、だからリチャード大好きだと言いましたが、リチャードはちっとも嬉しそうではありませんでした。共和制バビロニアを成立させるまでにリチャードをもってしても二年もかかったからです。第二の人生を盛大に遠回りしてしまった、とは彼の談。
--まあ、会計が神とはいっても、信仰はいくらでも好きに持っていい。それらが力がつけすぎない限り、国が間違える事はない。
--力を持ちすぎたら潰すんでしょ?
--今度は僕抜きでやって貰う。
リチャードはそう言うと、一年ほど前に旅に出たコンラッドを追うように、今度こそ旅にでました。
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