砂漠の滑走
通常、機体が滑走路に入るのは飛行前の最終段階からですが、今回の実験では最初から機体は滑走路に引き出されていました。事故の可能性を考えて、三〇〇〇mの滑走路を一本、まるごと貸し出されていたからでした。
かまぼこのようなハンガーから引き出された機体は改造による重量増で自力で動けず、トーイングカーに引っ張られての移動です。続いて電源車やコンプレッサー車が続き、ちょっとした行列を作っていました。
滑走路脇でのブリーフィングのあと、テストパイロット自身のプリフライトチェックが終わると、いよいよ空と機体の間を阻むものはなくなりました。
改造されたO型ジェット戦闘機”疾電”は、六五度の強い後退角を与えられ、ロケットブースター装備のためにひどく太くなった胴体と合わせて随分とちぐはぐな印象を周囲に与えていました。さらには胴体下部と上部に付けられた四基の補助ロケットブースターがどうにも不釣り合いに見えて、実験を見ていた基地司令が、あれが飛ぶんかいなと呟くほどでした。
--俺が乗った中でも、一番素っ頓狂な飛行機だな。こりゃ。
テストパイロットもあきらめ顔です。機付き整備長がわりに老教授が、学生と二人で昇降段を持って来ているのが見えました。
--なあに。飛べさえすれば最高だよ。こいつは。
老教授の屈託のない笑顔に、テストパイロットは飛べさえすれば、ね。と口の中で呟きました。
--まあ、本日は地上滑走だけだなんだが。
地上でも機材故障で死人は出るんですよとテストパイロットは言いかけましたが、そんなことはこの老教授も分かった上で言っているんだろうと思い直して決意のため息をつきました。
実際、仕事なのでやらないといけないのです。空を飛ぶためには戦争に参加するのも致し方ない、そういう気持ちで進んだ道でもありました。
昇降段を上ってシートに座り、座席位置を一番高くして六点式シートベルトを着用、規定通りに電熱線用電源と太股圧迫用空気ホースをパイロットスーツに接続していると、朝に会った学生が何食わぬ顔で昇降段を上がってくるのが見えました。
--今日はよろしくお願いします。
--おいおい、なんでパイロットスーツ着ているんだ。
--操縦の邪魔はしませんよ。目視で翼の上面に張ったリボンが揺れるのを確認するだけです。
--当たり前だ。後席の操縦桿には触るなよ。いいか、絶対に触るなよ。
--はい。あと、僕の名前はカズヒサです。名前教えてください。落っこちる時は一緒なんで、別にいいでしょ?
--……シノノメ・ナガトだ。
テストパイロットはそう答えると、ヘルメットをかぶって回転させると、金具を接続しました。機体側からの酸素供給がないと息苦しくなる、この瞬間がシノノメは好きでした。後席を確認すると、カズヒサはエースパイロットのような落ち着きで各種の準備を終わっていました。
<機内通信確認。ユーコピー?>
<アイコピー>
シノノメは左右に目をやりつつ、左手を横に伸ばして機付整備員に離れるよう指示しました。普段は省略する手順ですが、なにせ不慣れな学生ばかりです。吸気口に突っ込まれて死なれるのも嫌だと思ったのでした。
<昇降段外せ>
<昇降段、外します>
<コンプレッサー、電源車接続確認>
<確認しました。酸素流入開始>
頬が熱くなる新鮮な酸素の流入を、シノノメは微笑んで受け入れました。続いて電源供給によって可能になった、各電動動翼を動かして地上要員とともに機体を確認しました。
<動翼、問題なし。各舵正常>
<いよいよだぞ。ユーコピー?>
<アイコピー>
<エンジン、コンターク>
<コンターク!>
声とともにエンジンスタートボタンを押せば、大電源によって爆発したような音とともにジェットエンジンが動き出しました。空気を吸引する連続した金属音が流れ始め、機体が小刻みに揺れ始めます。
<電源車、外せ>
<電源車、外します>
<コンプレッサー、はずせ>
<コンプレッサー、はずします>
<車輪止めを外せ>
<外しました>
大きなホースとケーブルが外れれば、ついに機体は独立した単位として動き出します。
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