再会のユードラ
ユードラがバビロンに着いたその時には、大勢は決しかけていました。
三万を数えた軍勢は三方から粗末な槍を三段構えで構えて、防衛線を一斉投擲で石つぶてを投げ、ただ物量で羊角の人工神を押しつぶそうとしていたのです。
一度の反撃で数百の兵が倒れましたが、それでも軍勢は崩れずに、統制された戦闘を続けていました。
--勝負ありね。あの人の勝ちよ。
仮面の娘を連れ、漆黒の制服に袖を通し、つばの広い帽子に顔を隠したまま、ユードラは仮面の娘に言い聞かせるようにそう言いました。
--そしてこの勝ち方なら、神が出ることもない。数万の兵が損害を出しながら化け物に勝ったというのは珍しくてもただそれだけ。それだけでは世界門は開かない。
ユードラは背を向けて歩き出します。
--エースめ。適当な事を言って。無駄足だった。
無数の投槍を全身に突き刺して、羊角の人工神は音を立てて倒れました。
ユードラの脚は10歩ほどで止まりました。近くで倒れた神の流す血を避けるように動いた輿から、リチャードの顔が見えたからでした。
ユードラは息を止めたあと、息や声が漏れないように顔を厳重に帽子で隠してカニ歩きでリチャードから離れようとしました。
しかし事もあろうに、リチャードに歩く音を聞き取られてしまったのです。
リチャードは輿から顔を出して声を掛けました。
--この足音、ユードラか?
つばの広い帽子でも隠さない程動揺して湯気まで出ているユードラを、仮面の娘はハンカチで扇ぎました。
ユードラは帽子ごと上を向いたり横を向いたり忙しくしたあと、帽子と大きな眼鏡をずらして恨めしそうな目でリチャードを睨みました。
--イエス、マイロード。お側に仕えております。
顔を真っ赤にしても冷静極まりない声を出す辺りが、ユードラという人物の意地、あるいは難儀なところではありました。
--そうか。
リチャードは表情一つ変えずそう言うと、少しの間を受けて口を開きました。
--ところで給料はきちんと支払われているだろうか。
--そのようなことはハウスキーパーにお任せください。寝所は整っておりますか。
--昨日は星がよく見えると皆言っていた。
--必要ならすぐにお気にめすように致します。
--いや、それには及ばない。君が用意してくれた寝所は、とても僕にあっているようだ。だからいつまでも僕の心配してしないでいいんだよ。自由におなり。
ユードラは帽子をぐちゃぐちゃにした後、横を見ました。
--いつでも好きにしております。寝所の確認が取れましたので失礼します。
泣きそうな、というより泣いてユードラは去りましたが、物音はついぞ立てませんでした。リチャードが悟ることができるようなことなど一つも与えないのです。けして。
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