新歌集より 趣味で乱入ご一行

 バビロンという街は別名を雲の街といい、その名の通り雲まで届く塔と、塔の中程に作られ、雲に隠れる巨大な空中庭園を持つ一大都邑でした。

 説明を聞いた目の見えないリチャードは、顔をしかめ、リベカを不思議がらせました。


--どうしたの?

--僕が知るバビロンとは根本から異なるようだ……これでは……創世記の方が正しいことになる。

 リベカはまたリチャードが変な事言っていると妹と目を合わせました。リチャードは風変わりで、妙な理屈を持ち出しては殺生をさせないようにするのでした。


--コンラッドは何か知っている?

--人間の事は分からないが……人間の血の匂いはするな。

 リベカは人だかりの方に向かうと背伸びして、それでも足りずに何度か跳躍して状況を確認しました。

--生け贄か何かみたいだね。数十人が数珠つなぎになって鞭で打たれながら歩いている。奴隷じゃなくてどこかの負けた王族かなにかかな。

--生け贄?

--竜に捧げるんだよ。すると竜は神になる。

--山羊の頭をしているとか。

--たしか羊の角だったと思うけど。

--この際似たようなものだ。僕は邪魔をしたい。

 言うと思ったとリベカは失笑しました。

--行き先々で生け贄をやめさせていたら、そのうち世界の全部を敵に回すよ?

 片眉をあげてリチャードはあらぬ方を向きました。

--ああ、君。敵の数より僕の趣味の方が重要だ。君の趣味はどうだろう。

--私の趣味はどうでもいいなんだけど……コンラッドは?

 コンラッドは高らかに髭を揺らして言いました。

--至高女神の名にかけて、困っている者は助けよう。

--なるほど。

 リベカはコンラッドを頭の上に載せて突撃することにしました。

--んじゃ、セトカ、<無理難題の>リチャードの面倒見といて。

--はぁい。

 セトカの気のない返事にリベカは微笑むと、その笑顔のまま長い剣を背から抜きました。何度か垂直に飛んで調子を見た後、助走して人だかりの上を飛んで華麗に着地すると、外套を脱いできらびやかな踊り子の服と自らの裸体を衆目にさらしました。


 頭の上の猫が立ち上がって同じく外套を翻して剣を抜きました。

--俺の名前は黒毛のコンラッド。メドレーの子コンラッド。猫の勇者。愛するものは自由、好きなものは冒険。そしていささかの、正義の守り手。

--私の名前は踊り子のリベカ。無理難題の歌わない吟遊詩人、リチャードの歌に合わせて死の舞踏を踊るそれ以外。

 そして一人と一匹は参ると同時に告げると、華麗に列に突撃しました。

 コンラッドとともに剣の一閃で数名の兵士の首を吹き飛ばし、嬉しそうに舞ってもう五六人を切り倒し、そして残る兵士に血の滴る剣を向けて、退散を要求しました。全滅刺せなかったのは助ける生け贄より多い人数を殺すのもなんだかなと思ったからです。それがリベカの時代の一般的な良識、というものでした。


--<羊角の>神のお怒りに触れるぞ!

 先頭を歩いていた神官が腰を抜かしながら言って、リベカは大いに頷きました。

--だよねえ。ごめんね。常識よりも趣味の団体で。

 手を合わせて可愛らしくリベカが言うと、神官は顔色をなくして周辺の野次馬は逃げ出しました。

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