新歌集から 待ちわびた好機
瞬は手近な駅で一旦降りました。テロであれば公共交通機関が狙われるかもしれないと考えたからでした。
駅を出た先でまだ日常生活にしがみついている、スカイツリーの上の方が折れた事など気にもしていなさそうな人々のつくる風景に一度めまいにも似た感覚を覚え、すぐに我に返って人の波を歩き出しました。
--栄子が居なくなったときも、世間はこんなものだった。
瞬は呼吸を整えると、どう動けば良いのだろうと瞬間考えました。
どうすればいい、何をすればいいのか。いや、そもそもこんなことを考えている自分がおかしいのか。何が自分にできるというのか。
とりあえず、十条に行くか。瞬は考え直しました。自分の仕事をする。ああ、そうか日常にしがみついていた彼らと自分は、何も変わらない。
取り乱した自分を苦笑して、瞬は歩いて十条を目指しました。昔、目的地も分からず栄子を探しに行こうと鍛えた脚が役に立ちそうでした。
歩きながら考えて一〇分で騒ぎに気づいて瞬は脚を早めました。避難する人混みを掻き分け、脚を早め、見たのは足下を流れる黒い水でした。
これは何かを考えるまでもなく、瞬は身を躱していました。水から大きな口が現れて瞬のいたところを噛み砕きました。
大きな口は獣でした。瞬と目があうと水面から姿を見せて飛びかかります。
その目に鞄から取り出した防犯用の唐辛子スプレーを噴射すると、獣は悲鳴を上げて黒い水の中に飛び込み、そのまま姿を消しました。
それを瞬は……荒い息の中で笑みを浮かべました。命の危険だったのに、心が躍ったのです。水から、不可解な出現と消失、そこに手がかりがあるような、そんな気がしたからでした。
狂おしい気持ちになりながら、瞬は黒い水を追いました。何年も何年も探していたものに、今手が届いたとすら思いました。
小学生の頃のあの事件から、瞬は警察というものを信じていませんでした。だから鞄には武器がそれなりに準備されていました。健康のためと称するゴムホースを繋げてスリングを作ると、ポケットの底に沈めていたぱちんこの玉を取り出します。いっそ鼻歌でも歌おうかという自分の気分に気づいて、瞬は自分が狂ったなと冷静に判断しました。
--まあいい。それでもいい。なんの問題もない。
黒い水は一軒の家の庭から出ているようでした。
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