グロリカの生物調査
グロリカは師について森の中を走っていました。木々の枝を渡り、千尋の谷を二歩で駆け抜け、姿を消してまた現して、走りながら息を整え、巨大な滝壺の上から顔を出した岩の上を飛び、最後にちょっと脚を滑らせて、そこを師に腕を捕まれて難を逃れました。
悔しそうにうつむくグロリカに、師は少しだけ微笑んで、その頭を撫でました。
--中々だった。
--いえ、まだまだです。
グロリカはそう言うと、恥ずかしさに顔を外套で隠しました。
青の魔術師は苦笑して、虚空を向いて口を開きました。
--違和感に気づいたか。
隠れていたグロリカがまた外套のフードを外して顔を見せました。
--はい。森の獣が、巨猿や獰猛獣さえ怯えて移動しています。
--見当はつくか。
--通常の”渡り”でないことまでしかわかりません。すみません。
--分からないことが分かるのはとても良いことだ。獰猛獣すら怯えて逃げねばならぬ、そんなものが動いているのだろう。
グロリカは驚きに目を見開きました。獰猛獣といえば五〇キュビット、グロリカのなじみ深い単位で言えば二三mにも及ぶ存在でした。身体の半分近くが口で、通った後が道になるような生き物です。
--予言や遠見の訓練をしよう。グロリカ、どう見る。
--獰猛獣は極力移動しようとしません。動けばお腹がすくためです。普段は動かないことで巨体を維持しています。
--その通りだ。
--獰猛獣が避けるということは、獰猛獣すらも食べる……? えぇー。
言っていて自分で自信がなくなってきました。師を見ると、師は頷いて続きを促しています。その見えぬ手に背を押されて、グロリカは言葉を続けました。
--獰猛獣も食べてしまう、それも獰猛獣の亜種や変種ではない全然別の行動様式をもったより強い生き物がこちらに近づいてきています。でもそんな生き物が本当にいるのでしょうか……
グロリカが師の顔を伺っていると、師は頭を撫でて木の上に立ちました。今日は良く頭を撫でられるとグロリカは思いながら師を追います。
--そなたの悪い癖は、すぐに不安そうな顔をするところだな。もっと自信を持つが良い。
--自らを偽っても仕方ないと教わりました。
--いつか一人で旅に出るときに、見上げる先はないぞ。故郷に帰りたいのだろう?
--はい。でも、随分と時が経ってしまいました。
--四年はさほど長くもない。
師はそう言うと、見えない何かを見ました。
--グロリカ、未知の生物の調査に行かねばならぬ。
--はい。お師さま。
グロリカは頷いたあと、一体どんな生き物なのだろうかと思いました。
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