老人のささやかな希望

 竜という生き物は人を遥かに超えた生き物です。伝説では人や、猫や、他の動物たち、草や木々、目に見えないくらいの生き物たちも、全ては竜の死骸から生えてきた、とも言います。

 実際竜は必要に応じてあらゆるものを体内に生成することができました。

 発生初期の極若い竜でもが空を舞うための推力を発生させる燃料となる水素、ヘリウムの圧縮変換や貯蔵システム、水素を燃焼させて噴出する三次元ノズル、下方と上方、前方後方を同時に監視可能な八つの目、薄くて軽くて丈夫な固定翼を生成して垂直離着陸からバレルロール、インメルマンターンまでの空中機動を可能にする程度の能力を持ち、竜を竜足らしめる光線励起を可能とする擬瞳の生成ができました。

 まったく竜は素晴らしい生き物でした。大空を華麗に舞い、固定翼から気流を剥離させて白いストレーキを引きながらこちらを見下ろし、にやりと笑って飛び去っていくその姿は、音速の壁を力業で破るあの耳をつんざく衝撃と轟音とともに、今も私の心に残っています。

 竜は、竜こそは天空の王者です。実際に見れば分かります。大空が誰のものであるのか、人間がいかにちっぽけなのか。

 そして何より、いつか竜と編隊が組めたらと。あれは、人に希望と夢を与える物なのです。彼ら自身がどういう認識であろうとも。


 私は一三歳の時に竜を初めて見ました。積乱雲を突っ切って、そのまま螺旋を描きながら積乱雲に自分の影を映して遊んでいる若い竜でした。

 きらきらと輝くあの美しい鱗たち、上下を同時に見るあの瞳を見て、私はこの道に進もうと思いました。

 それからもう半世紀以上になります。私はショックコーンを開発して後退翼の秘密を解き明かし、軸流式ターボジェットエンジンを開発しましたけれども、まだまだ竜には遠く追いついていません。いや、生きている間には追いつかないでしょう。でもそれで良いのです。楽しみは後にとっておきましょう。

 今日のこの講演を聞いている若いみなさんが、いつかは私の、航空業界の夢の跡を継いで竜と編隊を組むことを、私は切に願っています。いいえ、確信しております。我々はもっと飛べる。なぜならそう確信しており、努力を重ね、何より憧れているからです。

 私はいつかのその時を思って、いつも楽しみにしています。枯れ木のような老人ですが、それでもです。

 最近は竜の姿もすっかり見なくなりましたけど、なあに、こっちから飛んでいけばいいのです。学生諸君、勉強したまえ。この道にはそれだけの価値がある!


<トットリ航空大学の記念講演より>

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