新歌集から 逃げ続ける片腕
片腕の静日は涙を流した後、森の奥へ姿を消しました。魔女の言葉に従うことなど、とてもできなかったのです。
なくなった腕を見ないように見ないように、一歩、一歩。涙は途切れず、今までの人生より多く泣いたかもしれないと静日は思いました。
自分では気に入っていなかったはずなのに、がさつな自分、強いと思っていた自分が壊れてしまったと思うとそれがまた涙を誘うのでした。
泣きながら歩いていると、いつの間にか森を出ていました。どことはかとなく見たことがあるような農村風景に安心し、静日は顔をあげました。
近くで輪になって座って休んでいる、埃っぽい半裸の男達が静日を見て笑いかけました。余り良い笑いとは言えない顔でした。
--自殺でもし損なったのか、片腕さんよ。
それが傑作の冗談であるかのように男達は笑い、手を叩きました。男の一人が立ちました。
--死ねないなら、俺たちが天国に連れてってやろうか。この世の天国だけど。
--い、いいです。いりません。
静日の返事が余程面白くなかったのでしょう、男が数名立ち上がりました。
追いかけられ、静日は必死に逃げました。苦労して出てきた森に逆戻りです。変わってしまった自分の身体のバランスを無視して、必死に必死に走りました。
不思議なことに男達は森の奥深くには追ってきませんでした。
どれくらい泣いて走ったか、腫れぼったい目をあげて周囲を見回すと、すっかり周囲は暗くなっていました。
--もうダメだ。
そう思いながらも静日はへたり込もうかどうか迷っていると、周囲に獣や鳥の気配に溢れていることに気づきました。魔女が言っていた言葉が思い出され、どんどん怖くなって静日は再び走り出しました。まだ、自分にこんな力があったんだと自分で驚きながら。
追い立てられるようにたどり着いた先は、森の中に埋もれた建物でした。柱に、落ちてなくなった屋根に、床。
廃屋というには古すぎて、静日は遺跡、と言う言葉を思い出すのにしばらく時間が掛かりました。縁遠い名前だったのです。
--ここには獣や鳥の気配がない。
疲れ果てていたせいで、何故だろう、とまでは思うことはできませんでした。静日は蔦の這う床に座り込み、何もかもが夢であることを願いました。
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