ユードラの自由
昔、海もそばの別荘に、一人の目を悪くした貴族がいました。目を悪くするまでは中央でその名を知らぬほどのない権勢を誇っていたのですが、目を悪くするとすぐに周囲が脚を引っ張り出して没落し、逃げるようにこの地にやってきたのです。
着いてきたのは、僅か数名という寂しさだったといいます。
ついてきた者の中にメイドのユードラという娘がいました。自身も目が余り良くなく、大きな眼鏡を掛けておりましたが、眼鏡を取れば大層な美人として妻に迎えたいと言う者も多い存在でした。それに十倍するほども、寵姫にしたいという者のほうが多かったとも。
ユードラは目を悪くした貴族に拾われて、そのまま居着いた流民の娘でした。それを恩義に思ったのか、それとも恋心があったのか、彼女は献身的なメイドだったと言います。朝に夕に、控えめながら落ち着いた声で目を悪くした貴族の手を取り、世話を続けておりました。
--自由になっていいんだよ。ユードラ。
--私には自由が良いものだとは思いません。マイ・マスター。
そんなやりとりをしていたユードラの横顔は、大層美しいものでした。
ユードラがおかしくなったのは、目を悪くした貴族の元へ、数学のできる田舎娘が来てからでした。目を悪くした貴族は、傍目からはっきり分かるほどに喜んで、毎日数学の話を娘としていたといいます。
ユードラのところへ、悪い男達が出入りするようになりました。それでも美しさはなお増して、狂い咲きのアネモネのようでした。
そうして、一年をかけて田舎娘を進学させるようユードラは進言し、願いをかなえました。
--これからもずっと、おそばにおります。
ユードラはそう言いましたが、すぐに自分自身の言葉を破ることになりました。
それは目を悪くした貴族がいつも見えぬ海岸の方を向いて語る話、その中に語られない田舎娘の影を見たからでした。
ユードラは悪い男達を使い、目の見えぬ貴族を森の奥に捨てさせると、別荘に火をつけました。
--それでもやはり、私には自由が良いものだとは思いません。マイ・マスター。
そう燃える別荘にだけ告げると、ユードラは自分の本来の居場所、自由なる裏の社会に戻りました。
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