外つ歌より SHIKIKAMI(1)

 札幌に円山公園というところがあって、そこでは桜が咲くともくもくと煙が立ちます。ジンギスカンという料理を作る煙です。通常公園は煮炊き禁止で円山公園もそうなのですが、花見シーズンだけは例外としてジンギスカンを作っても良いのでした。

 おかげで、あっちでももうもう、こっちでもくもくと煙が立って、他では見られないような光景が現れるのでした。

 あちらこちらでジンギスカンで舌鼓を打つ光景が広がる中、一人あぶれている娘がいました。名を中札内静日と言います。元からの赤毛を短く切った姿は生来の長身もあって少年を思わせましたが、どっこい彼女は、人一倍乙女な精神を持っておりました。


 彼女はいじけておりました。本当は乙女らしい格好をしたかったのですが、思い切って着替えた主観に兄たちに笑われて、それで、春楡の木々が植えられたあたりまで逃げて一人膝を抱いていたのでした。

 ところが、いつもなら訪れる人も少ない公園は、五月の陽気で花見客で一杯ではありませんか。いじける場所もないのかと静火は唇を噛みました。


 普段は人がいない春楡の木のあたりまで、ジンギスカンを作っている人がいる始末。もうそれ花見じゃないじゃん! とか地団駄踏みましたが、それが八つ当たりであるのは何より本人が良く分かっていました。


--私は不幸だ。

 ため息をついたら、背を預ける春楡の木の後ろから、ひょっこりと真っ白でふわふわのお兄さんが出てきました。にこやかに笑って、三歩の距離から静日を見ています。

 こんな人、知らない。そもそもこのお兄さん、なんか変だ。


 静日は逃げるように場を離れました。そしてお兄さんが追いかけてくるのに恐怖を感じて、さらに急ぎました。

 それで、人にぶつかりました。

 ぶつかった相手は今度は黒服のお兄さん、いえ、おじさんくらいの人です。黒い革ジャンに乗馬ズボンに革の長靴、ワイルドな格好に片方の眉をあげて微笑む姿は、キザだなあという感想を静日に思わせました。


--悪い奴に追われたのかい。

--え、あ、はい。


 うっかり正直に返事したけれど、それで良かったのだろうかと思う間もなく、おじさんは静日の手を取りました。

--んじゃ、逃げなきゃな。家は南四西二二だっけ。

--なんで知ってるんですか?

--俺は君の母さんの友達だよ。赤ちゃんの時には君のおむつを変えた事もある。

 んで、ちなみに尋ねるが悪い奴はだれだ? とおじさんは言いました。静日はおじさんの姿を見て、次に意識を失いました。おじさんは笑っていました。



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