春ではあっても青じゃない

 背が伸びて、ランドセルが似合わなくなって、それでサブバッグに教材を入れて学校に通っていた時代。春ではあっても青じゃない頃。

 

 ついに一〇歳の大台に乗って授業が増えて、帰る時間が合わなくなり、チビたちの引率も無くなると、幼馴染だった栄子とも、とんと会わなくなってしまった。去年までは仲良くしてたのに。しかしそれを不思議な感じこそすれ、残念には思わなかった。


 どうってことのないいつもの帰り道。癖っ毛がありすぎて短めにしている幼馴染の栄子に会った。ついさっき不思議な気分になっていた当の相手に会って、また微妙な気分になったけど、少し歩くと、すぐにどうでも良くなった。

 今思えば不思議なのだけど、当時は帰り道も楽しかった。ドブ川に見慣れない缶が沈んでいるだけで面白かったし、塀に猫がいて尻尾を揺らしていたら大事件だった。

 それで周囲を眺めながら歩いていたら、べしべしとうすいサブバッグで叩かれた。振り向いたら栄子がこっちを睨んでる。

--この薄情者ぉ。

--何言ってんだよ。変だぞお前。


 こっちを睨む栄子の瞳の色はひどく薄かった。血筋のせいもあったかもしれない。髪の毛の色も薄くて、本人はプールの塩素のせいだと主張していたけれど、僕はそれをまともにとってはいなかった。生まれつきだろって、感じ。

 久しぶりに栄子の顔をまじまじと見ると、怒った顔はちょっと、彼女の母親に似ていた。栄子を縦にだいぶ、横にちょっと引き伸ばしたら、もっとそっくりだったろう。というか栄子は細すぎなんだ。

 その栄子は、僕をべしべし叩いてる。痛くはないけど、怒られる覚えがなかったから不思議だった。

--なんで怒ってるの?

--最近全然一緒に帰らないよね。私のクラスにも遊びに来ないじゃん。

--男には男の付き合いってものがあるんだよ。

お父さんの真似してそう言ったら、大不評だった。はぁ? とか、そんな感じ。

--私とあんた、今まで色々あったじゃん。それで、なんでそんななんでもないみたいなこと言うの?

--色々って?


 その時はじめて僕は、僕にとってどうでもいい事を忘れずに大切にしている人間がいることを知ったんだ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る