新歌集から 日本のヨシュア

 はっきりしない青空の国に落ちてきて三日。ヨシュアは蛮族の精霊と、その姉妹に養われて日々を過ごしていました。

 蛮族はミサキ、というらしい。ヨシュアが学んだ事は、だいたいこれだけでした。つまり、何も分かっていません。何か喋ってきているのですが、鼠の鳴き声みたいでさっぱり意味が分かりません。向こうもこちらの言うことは分かっていないようでした。


 しかし、ここの精霊はやけにはっきり見えるのだな。いや、精霊ではなく、妖精なのかも。妖精は人と交わるともいうから、肉を持っていてもおかしくはない。

 ヨシュアはメドレーという老猫を撫でながらそう思いました。おしむらくは、蛮族のように足が見えてしまっていること。それ以外は言うところのない美しさなのに。

 見事な緑髪、元気のよい動き。ころころ変わる表情。しかしさすがは蛮族の妖精か、人間とまったく違って男にも堂々として一歩も引く気配がない。

 有り体にいって違和感がありすぎる。妖精とはかくも人間と違うものなのか。


 違和感と言えばもう一つありました。生活時間です。

 ヨシュアの毎日は朝起きて祈りを捧げること一刻、狭い庭でゆるやかに身体を動かすこと二刻、食事して寝る。起きてはまた身体を動かす、食事をしてはまた寝る。というものでした。

 ところが妖精たちは夜になっても眠らずに、むしろ夜こそ本番という様子でした。


 夜に寝ないとは、なんという不道徳、いや、フクロウなどと同じ、良くない生き物なのであろうか。

 ヨシュアはあきれましたが、なにせ妖精のやることです。人間の正義や悪を当てはめるのが、いささか難しい気がしました。

 フクロウに夜に寝ろと言っても、意味がない。それぐらいはヨシュアにも分かります。

 猫もそうだ。猫は好きなときに寝る。しかしこれを神は罰したことがない。

 今まで見えてなかったことが見えて来た気がしました。何もかも、遅すぎた気もしましたが、これについてはヨシュアは目を強く瞑って、考えないようにしました。


 四日目の朝、何事かを言ってミサキが去って行きました。

 ヨシュアにとって、これは非常に心細いものではありました。名前しか分からないとはいえ、はっきりしない青空の国唯一と言っても良い知り合いだったのです。


 それですぐに、ヨシュアは外に出てミサキを追いかけました。

 狭い路地を出るとそこは大通りで、アヴィニョンの大通りもかくやという馬車が四つ通れる道がありました。白い格子の道の上を歩くミサキを見つけ、ヨシュアは声をかけようとしました。


 かけようとして、無意識に口から神の言葉が言祝がれていました。

 跳躍力を強化したヨシュアは軽く二百歩の距離を一飛びすると手から聖なる光の盾を展開して、馬抜き馬車の突撃を阻止しました。次々衝突してへこむ姿を見守ることもなく、そのままミサキを抱いて飛び、華麗に神の言葉を唱えてビルの壁を下にして着地、そのまま、流れを止めた車の列を見下ろしました。


「妖精とはいえ、婦人が道を歩くのを妨害するとは許しがたい。悪をなす全てを処してこの地に正義を下ろすべし」

 ヨシュアが口上を述べて神の御名の元光の槍を出現させた瞬間、その頬に拳が入りました。ミサキ、でした。

 なぜ? とヨシュアが尋ねる暇もなく、ミサキはわめき立てています。何を言ってるのかはさっぱり分かりませんが、激怒しているのは確かでした。



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