埃まみれ

 昔は遺跡を荒らす盗賊を埃まみれと言いました。実際、埃まみれになることが多かったのです。遺跡から出た直後では、服を叩いても叩いても、埃が出てくるのでした。

 埃まみれのエノクも、そんな感じで、一仕事終わると、いつも埃まみれになっているのでした。

 このままでは道を歩くだけで迷惑になる始末です。

 それでエノクは川で身と服を洗いました。さっぱりして川の真ん中の大岩に座って身を乾かしていると、いつも通り、転職したいなぁと心に思うのでした。


 金を稼いで牛を飼うのはどうだろうか。そして、あまり美人でなくても良いので嫁さんを貰って畑も耕す。子供も作る。孫に囲まれてある日唐突に死ぬ。

 悪くない人生のような気がして、エノクは岩の上で微笑みました。問題は何一つ現段階では揃ってない事でした。

 どうしたものか。どうにかできないか。

 そう思ううちに声を掛けられました。川岸に立つのは痩せぎす、というよりも痩せすぎの女の子です。歳は一五くらい、しかし子持ちどころか成人すらしているようには見えませんでした。

 貧しいのだろうな。エノクは鏡を見るような気分で女の子を眺めました。親が早世し、路頭に迷った自分、食うに困って埃まみれになった自分を思い返し、そうして少し目を伏せました。


--なんでそんなところにいるの?

--水浴びしてたのさ。埃が人についちゃかわいそうだしな。

 急に女の子は恥ずかしそうにしました。なぜ恥ずかしそうなのか、エノクは分かりませんでしたが、少し優しい気分になりました。先ほど遺跡を守る神官どもを何匹も切ってせせら笑うその口で、優しく微笑むのですから人間というものは単純ではありません。

 エノクは川を渡ると女の子に微笑んで、この辺は盗賊が多いんだ、注意してお帰りと言いました。


 エノクが歩くとすぐに人影がついてきました。

--なんだあんた、あんなボロ女がいいのか。

--里の妹に似ていたんだ。

 声を掛けた同業者に、エノクは流れるように嘘を言いました。そのままゆっくり、歩きます。急いで離れれば女の子に気があることに気づかれると思ったのでした。

--なんならさらうかい。俺は愉しめないだろうが、あんたがそういう趣味なら俺も付き合おうか。

--やめとくよ。んで、なんだ。

--良い仕事があるのさ。遠く西にウルクって街があるだろ。

--ああ、麗しのウルク。

--今じゃ最低の街ウルクだ。海がなくなってな。だが海がなくなっても大灯台は残ってる。そこにいつまでも光輝き続ける宝石があるそうなんだ。

--お宝だな。

--そうとも。

 嫌らしい笑いをする同業者の横で、エノクはこれで足が洗えるかもしれないと思いました。

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