可愛らしくなりたい

 普通の人は魔法なんて年に何度も使わないでしょう。でも、魔女のばあさんは意外に暇ではありませんでした。

 魔女が少ないからよねえと、思うのですが、中々弟子のなり手がない。

 誰も見ていないことをいいことに、魔女の家で腕を組んで足を大鍋の上に掛けて座っていると、慌てた様子で扉が叩かれました。


--なんだいなんだい。そんなに叩かないでもいるよ。

 扉を開けると立っていたのは、弟子になってくれないかなと思っていた、こおろぎという名前の娘でした。痩せぎす、というよりも痩せすぎの女の子で、肌は浅黒く髪の毛は短く、詰まるところ普通と全然違う、それゆえに魔女の素養がありそうな娘でした。


--か、可愛くなりたいのです。ど、どうすればいいですか。

 半分扉に隠れてそう言うこおろぎに、、魔女は難しい顔を見せました。

--それで、その感じでいいんじゃないかい? たいていの男は喜ぶと思うのだけど。

--そ、それではダメなの。私、髪はボサボサだし、肌黒いし、ちゃんとした服なんて一着も持ってないし、体重も少なすぎだし手も足も荒れてる。ああ、そうだ。そばかすできていたらどうしよう。

--ああうん、どんなもんでも悪いところを数え上げればきりがないもんさ。なんだってそうだ。でも好きになった男の事を思ってみな。悪いところなんか気にもならなかったろう?

 魔女が言うと、こおろぎは何度もうなずきました。

 小さく胸の前で結ばれた手が小刻みに震えているのを見て、魔女は豊かな髪を揺らしました。

--そういうもんさ。できないことを数えるんじゃなくて、好きなことを数えたら、あとは突撃しな。女は度胸だよ。

--でも、魔女さま、ちっぽけな男女とか言われたらどうしよう。

--そんなことほざく男に価値はないね。ま、そんときはあきらめて魔女になるのはどうだい。

 娘は魔女の言葉を半分も聞いていませんでした。顔を真っ赤にして、上を見て、下を見て、行ってきますと言ってもう外に駆けだしていました。

 魔女はうんざりした気持ちで良いお天気を見た後、頭をかいて、今日も忙しいなあと思いました。そう、普通の人は魔法なんて年に何度も使わないでしょう。でも、魔女のばあさんは意外に暇ではなかったのです。


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