こおろぎの恋

 エイラト近くの農村に、こおろぎと無様な名前であだ名された娘がおりました。肌浅黒く、服はボロ、膝小僧や肘ばかりが目立つ、そんな痩せた貧民の娘でした。

 こんなありさまだったので、こおろぎには同じ年頃の娘の友人がおらず、もっぱら年下の少年達とばかり遊んでいました。その少年達も分別がつくと、こおろぎをからかい、遠ざける側に回るのでした。


 ある時こおろぎが自分を男女とからかった少年たちを追いかけ回していると、角を曲がった拍子に、うっかり人とぶつかってしまいました。さらに言うとぶつかった拍子に相手から大量の埃が舞い上がって、身なりが汚いと言われる事も多いこおろぎも、びっくりしてしまいました。

 でも、びっくりしたのは一瞬です。次の瞬間にはアバカ火山の煙より多くの悪口が、その口から飛び出ました。

--何よ何よ、私が悪いってのこのトウヘンボク! 服が真っ白になったじゃない! どうしてくれんのよ!、

--それはすまなかったな。

 返事を聞いてこおろぎはたじろぎました。声の主はこおろぎよりもはるかに大きく、首を痛いほど曲げないと目を見ることができないくらいの大きさなのでした。

 背が高い、というよりは大きい。つまり横にもそれなり大きい姿に、こおろぎは一歩下がってしまいました。ケンカを売る相手を間違えた、とも言います。

 思わず口をぱくぱくさせているこおろぎに、大きな人は膝をついて言いました。

思っていたよりずっと優しそうな、親しみやすい顔でした。

--今度から道を歩くときは注意することにしよう。ところでどこか痛いところはないかい。

--それは、ない、けど。

 こおろぎが恥ずかしさに背筋を伸ばし、横を向いて言うと、隠れていた少年達が一斉にヤジを飛ばしました。

--何赤くなってるんだよ、こおろぎのクセに!

--はじめて娘扱いされておかしくなったか。

 正直、図星でした。こおろぎは顔を真っ赤にして走ろうとすると、大きな人が、こら、お姉さんをからかうんじゃないと言い返していました。


 こおろぎが恋に落ちた瞬間でした。

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