とらわれの王子

 海の水が後退することで起きた戦乱が続き、どの国のどの人も戦いと無縁に生きられない、そんな時代がありました。

 アルの国の第二王子も戦乱と無縁ではありませんでした。兄王に疎まれて忠誠を試され、母譲りの美しい顔と金髪を敵兵の血で汚し、最前線で部下を率いて戦い続けなければいけませんでした。

 勝てば勝つほどに無理な戦いを押しつけられ、部下は憤激しましたが第二王子はあくまで兄への忠誠を貫きました。

--兄上はあれでも即位までは私に優しかったのだ。

 部下から見れば、それはなにかにすがるようであったとも言います。

 第二王子は戦い続けました。寡兵良く大軍を破る事数十に及び、その力は奇跡とも、神々に比肩するとまで言われたと言います。

 しかし、いつまでも奇跡は続きませんでした。

 六五六年、大灯台前の戦いと呼ばれるウルクとの戦いで、第二王子は囚われました。


 使者として片腕、片目を切られた部下の一人がアルの国に戻ったのは夏の頃です。兄王は周囲の予想に反して嘆き悲しむと、すぐに使節を立てて王子返還に動きました。

 一年の交渉後、ウルクとアルの間で仮初めの平和協定が結ばれました。兄王は弟である第二王子を迎えに自ら馬を駆ってウルクの宮殿に急ぎました。

 ウルクの人々はうやうやしく兄王を迎え入れ、平和協定の締結を祝う祝宴が開かれました。


 その場で見事に踊る美しい金髪の娘がおりました。妖艶な舞に魅せられ、兄王が所望するとウルクの人々は笑って娘を兄王の足下に侍らせました。

 それは去勢された、第二王子でした。

 当時ウルクは重罪人や英雄とされる捕虜を去勢する習慣がありました。第二王子は戦いに囚われたあと去勢され、その男性器は料理されて彼の部下が食べさせられたと言います。戻せば処刑される過酷な刑で、腹心三名が殺されました。

 目を合わせられぬ王子に、兄はほっとした声で言いました。

--これで良かったのだ。もはやお前を疎むことはない。


 かつての王子は微笑むと短剣で兄王の首を落とし、首を大事そうに抱えて、私もです。兄上と、愛おしそうに言いました。

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