幸せの娘
昔、頭のいい娘がおりました。星の動きを見て計算式を描き、木の葉の舞い落ちる姿を見ては地面に運動方程式を描いて一人微笑む、そんな敬虔な生き方をしておりました。
まったく、彼女は数字に愛されておりました。目に映るもの、肌に感じるもの、それらが自然と数字になり、式になり、彼女に語りかけるのでした。
しかし、周囲は彼女を認められませんでした。
それは彼女の外見のせい。あどけなく半開きになった唇と豊かな乳房のせいで、彼女は社会に別の役割を求められました。いつも笑顔で隙がある、男に軽んじられて生きるような生き方がいいとされたのでした。
そんな、彼女が望まぬ生き方を誰よりも推進したのは彼女の母親でありました。
--私は母親だから分かるんです、あの子が頭が良いわけがない。だって私の子供なんだもの。
--いい? 女は男を立てながら、良い立場に流れて行くのよ。
母親がそんな事を言うたびに、娘はどんどん笑顔をなくし、一人野山で地面に数式を描くようになっていきました。世間の男はそんな娘に、お高くとまりやがってと言うのでした。
そのうち娘は仕事をすることになりました。学校に行く金などないと母親が言ったせいです。
娘が奉公に行った先は貴族の別荘の下働きでした。
そしてすぐに、別の仕事が与えられました。
夜伽を命じられたら窓から飛び降りて死のうと娘が震えながら貴族の私室を尋ねると、貴族は彼女に計算助手を申し付けました。
彼女に数字以外のなにかが優しくしたような気がしました。
貴族は若くして目を悪くして、中央から離れて別荘で暮らす学者肌の中年でした。
娘は主の悲しい境遇が、自分の幸せになっている事に罪の意識を感じつつ、それを少しでも消そうと甲斐甲斐しく貴族の世話をしながら計算をしていきました。貴族は計算の結果を喜び、数式からもう見えない木の葉の動きを思い出して微笑むのでした。
一年の後、娘に中央から迎えが参りました。
大学へ、そしていつかは研究所へ迎えたいと言う話でした。
狼狽する娘に、見当違いの方向に微笑みながら貴族は言いました。幸せにおなり。君にはその権利がある。
しかし、なんという事でしょう。大学に行く日が近づくと、娘は目に見えて弱り、食事も喉を通らない有様でした。それに気づかないのは目が見えない貴族だけでした。
大学行きの馬車に乗った日。
娘は馬車の中で泣き崩れました。幸せがどこにあるかを知っていて、それが遠ざかる事に気付いたからでした。
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