ツノなしパン屋創業伝説

 昔のパン屋は目の敵にされておりました。それも、尋常ではなく。

 まず休むことが許されませんでした。安息日だろうとパンは焼かないといけません。

 価格にも厳しい制限がありました。小麦粉の価格が上がっても、容易に値上げができません。それで作る数を減らして営業するのですが、これが何日も続くと暴徒が店に押しかけて乱暴狼藉の限りを尽くすのでした。

 さらに不当に高い値段のパンを作ると河原で晒し者の刑になるという法律まで出来ました。

 ああ、もちろんパンの重さをごまかして売るのは死刑でした。それは昔からそうでした。

 そんなこんなで生きにくいのがパン屋です。

 当然、成り手が居なくてパン屋の爺さんは困ってしまいました。

 そんな時にパン屋になりたいと言いに来た異族の少年がおりました。ツノ付き肌黒の少年は、腹を膨らませたいからという、もっともな理由で爺さんに弟子入りをしたのでした。

 ところがそれが問題だと街で騒ぎになりました。異族はパンに毒を入れるかもしれないという恐れからのものでした。

 けして要領良くはないけれど、いつも笑っている少年を叱り飛ばしながらパンを焼いていた爺さんは、この話を聞いて悲嘆にくれました。

--親方なんで悲しんでるの?

--ワシらはなんでこんな目にあうのだろう。パン屋とツノがついている相手なら、何をしてもいいというのか。

 すると翌日、少年はツノをノコギリで切ってやって来ました。相変わらず歯を見せて笑う姿に爺さんは深く悲しみました。

 それから二ヶ月ほどで新しい法律ができました。今度は肌黒はパン屋になってはいけないという法律です。

 この店良かったんだけどなあ。

 そう呟いて少年が夜中、店を離れようとすると、パン屋の爺さんが旅支度して待っていました。背嚢には小麦粉が一杯でした。

--最初からこうしていれば良かったのだ。

 爺さんはそう言って旅に出ると、次はなんのパンを焼こうかと弟子と語り合いました。

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