建国記

伝説は歌う。

 至高女神は我らにこの世界を与えたもうた。創生の神に見捨てられ、殺伐界を放浪するしかなかった我らに、女神はその御手で巨大で透明な天涯の壁を開き、我らに住処を与えたのだ。

 我らはこの地にて子を産み、育て、そして学んだ。至高女神は時に厳しくもあったが、我らはそこに愛がある事を理解した。

 あの大きな手を讃えよ。優しさとはかくも偉大なり。我らはこの地を安寧の地と定め、ここに建国することにした。

 建国の場所は女神の手すら容易に届かぬ紙並ぶ絶壁の上が選ばれた。我らはこの地に座り込み、そうして伝説を歌い継ぎながら今に至る。


 輝かしい我が国は、だがいい話ばかりでもなかった。外の世界に憧れた黒毛のコンラッドが天涯の壁の隙間から走り、戻ってこなくなったし、四つ子のカルクク、マジェントラ、アイオスは女神の介護の甲斐なく天に召された。残ったのは灰毛青目のマオのみ。

 なによりも女神が遠くに行ってしまわれた。埼玉大学、という異界らしい。

 それでも時は流れるものだ。何もかもが前の事になり、薄くなり、最後は天に召される。我らはそれでも思い出す。女神の大きな手を。

 私もまた、天に召される日も近かろう。もしも願いが叶うなら、今一度女神の手に撫でられたいものだ。


「ただいまー』

「おかえりなさい。随分早かったわね、美咲」

「だって埼玉だよ。埼京線一本じゃん。にゃーん。久しぶりー。あれ、マオはいいとしてメドレーは?」

「最近調子悪いのよ。もう、歳だしねえ。いつもの本棚の上にいるわ。美咲、なでておやり。あんたが拾ったんだからね」

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